Sweet Love
***



「……ただいま」



 玄関には誰の靴も置かれていない。静まり返ったリビングにはもちろん人の気配がない。今のわたしにはそれが少し寂しく感じた。


 お母さんはパートに行っているからこの時間はまだ帰って来ていない。兄ちゃんは、学校が終わって寄り道しているのかはよく分からないけれど、まだ帰ってきた形跡はなかった。


 わたしは階段を上がって、自分の部屋へと直行した。部屋に入り、疲れ切っていたわたしはベッドに向かって顔面からダイブする。


 こんなときは、誰も居なくて丁度よかったのかも知れない。目は絶対腫れているだろうし、それに兄ちゃんにだけは何も悟られたくない。絶対わたしのこと、面白がるに決まっている。



 萩原くんと朱菜ちゃん――。二人はあのあとどうなったのだろう。上手くいっているのだろうか。


 何であんなことを言ってしまったのだろう。あんなの本心ではない。どちらかと言うと本当は嫌だった。


 それなのに彼女の気持ちを考えると、その恋が叶って欲しいと思ってしまう。この矛盾した感情はなかなかの我儘だと思う。



 一緒に帰ろうって言われてちょっと嬉しくなって、一人でドキドキして舞い上がって……。

 一目惚れして好きって気付いて、勝手に好き勝手ものを言って、勝手に落ち込んで…。



 ――わたし、バカみたいじゃん…。



 わたしは内心で自分を嘲笑う。  


 その内いつかはこの気持ちも冷めるだろう。きっと、今だけだ。これは一時的な感情なのだと、わたしは自分に言い聞かせた。何故なら、この身勝手な感情を信じたくなかったからだ。


 泣きすぎて疲れたせいか、目が熱かった。


 ――わたしは、横になったまま、いつの間にか深い眠りに就いていた。
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