Sweet Love
 それから数分ほど経った頃だろうか。遠方から、上履きで歩く足音が徐々に聞こえてきた。その足音は複数であるようで、確実にこちらへと近付いている音だった。



「誰か来た」



 小声でそう言った裕子は、ロッカーの端から少しだけ顔を出して、廊下の方を覗き込む。どうやら、萩原くんと朱菜ちゃんであるかどうかを確認しているらしい。


 先ほどよりも足音がはっきり聞こえてくるようになると、裕子は慌てて顔を引っ込めた。


 こちらに振り向いた裕子は、わたし達の顔を交互に見る。



「萩原来た」



 にやりと笑みを浮かべた裕子は、…悪い顔だった。


 唇に人差し指を当てながら、静かに、とわたし達に示す。



「ねえ、ゴールデンウィークはどこか行くの?」



 彼女の声を聞いたのはこれが初めてだった。高くて細い声。可愛らしいというよりも、上品という言葉が適切かも知れない。少しだけ羨ましいと思った。



「ゴールデンウィーク? …いや、まだうちは予定ないけど」



 萩原くんの声。


 そして、下駄箱を開け閉めしたような音がこの空間に響き渡った。音を聞く限り、おそらく二人同時だったと思う。



「そう…。そしたら一日だけでもどこか遊びに行かない?」

「……うーん。たとえば?」



 ――聞きたくないな、こんな会話…。

 何だかモヤモヤするよ…。



 もう靴を履き替えたのだろうか、二人の会話が徐々に聞き取れなくなっていく。


 玄関を開閉させる音が、二人が学校を出た瞬間の合図だった。


 そのとき、わたしのブレザーのポケットに入っていた携帯電話の着信音が突然鳴った。



「え、麗美! マナーモードにしてなかったの?」

「あ。ごめん、忘れてた」



 謝りつつもポケットから携帯を取り出して、着信相手を確認する。わたしの向かいにいた裕子は、「んもう」と言いながら腕を組んでいた。



 ……こんなときに兄ちゃんから電話……。



 兄ちゃんと表示された文字を見て、内心で溜め息が出た。わたしは仕方なく通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。
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