Sweet Love
 一瞬、時が止まったような気がした。



 ……今の何?

 どうしてここに居るの?



 その姿は紛れもなく萩原くんと朱菜ちゃんの姿だった。放心状態のわたしは、手に取ったはずのじゃがいもを、床に落としてしまう。ゴンッと、鈍い音が鳴った。


 同時に涙が込み上げてくる。視界は歪んでいき、ぼやけていった。


 買い物客がわたしをジロジロと不審な目で見てくるけれど、わたしはもう気にする余裕さえなかった。



「…石田?」



 ……萩原くん……。



「どうした? ていうか、何でここに?」



 俯いていた顔を恐る恐る上げると、そこには萩原くんしか居なかった。わたしの見える範囲に彼女はどこにも居なかった。



「何かあった?」



 わたしの存在に、気付いて欲しくなんかなかった。気付いたとしても、気が付かない振りをしてそのまま通り過ぎて行って欲しかった。



「お願い。わたしの顔、…今見ないで」

「……わかった」



 萩原くんは、視線を床に落とすと、横を向いた。



 ――どうしよう。

 …このまま逃げたいよ、わたしは。



 そのとき、どこからやって来たのか、朱菜ちゃんがこちらに気付いて駆け寄って来た。



「翔くん? 何で急にいなくなったの」

「……」



 朱菜ちゃんと目が合った。


 この状況を理解しようとしているのか、彼女はこちらをじっと見据えている。何かを探っているような目だった。わたしは瞬時に目を逸らし、慌てて涙を手で拭った。



「…貴方、確か翔くんと同じクラスの…」

「…石田です」



 鼻声ではあったが、はっきりと名乗る。



「石田さんって言うんだ。わたしは、花咲朱菜と言います」



 ――知ってる。



「…ごめんなさい。わたし、連れの人がいるのでそっちにもう…戻るので」



 わたしはそそくさと方向転換して、足を一歩前に踏み出した。



「ちょっと」



 その場から立ち去ろうとした瞬間、萩原くんがわたしの腕を掴み取る。



「…これ、忘れてる」



 萩原くんは、わたしの買い物カゴに袋詰めのじゃがいもを入れた。



「……」

「また明日な」

「うん…」



 今度こそ戻ろうと歩き出し、一度だけ後ろを振り返る。彼女は萩原くんの横で、ずっとわたしのことを真顔で見ていた。
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