Sweet Love
***



 式が無事に終わってから、わたしはとてもガチガチだった。


 あれだけ昨日の夜興奮していたのに打って変わって緊張しっぱなし。



 ――うぅっ…。



 学校が変わって、生徒も丸々入れ替わって。新しい環境に移り変わると慣れるまで少し時間が掛かる。ちなみに同じ中学の友達は誰一人居ない。だから余計にかも知れない。楽しみだった分、とても不安に感じていた。


 わたしのクラスの担任になった先生は、男の茂森先生。


 見た目は、三〇代前半くらい、…だろうか。担当教科は体育らしい。


 先生が大量のプリントを配り終えると、長い説明が始まった。


 あまり余計なことを考えないようにしよう。説明を聞きながらプリントに目を通していると、不意に耳元でカサッと音がした。わたしはその音を辿るように瞬時に視線を巡らせる。


 舞いながら床へ落ちていく一枚のプリント。後方からだった。床に到達すると、そのプリントは床を滑って、わたしの足元で止まった。



 あっ、誰かのプリントだ。



 わたしは急いで落ちたプリントを拾い上げる。誰のだろうと後方に目を向けると、黒髪である短髪の男の子が申し訳なさそうに両手を合わせていた。


 男の子は口をパクパクさせ小声で「ごめん」とこちらに伝えてきた。


 わたしはにこっと笑顔で返し、軽く頭を下げると、プリントをそっと男の子に手渡してあげた。



「ありがとう」

「いいえっ」



 クラスの人の中でこれが初めての会話だった。


 男の子の名前すらもまだ知らないけれど、仲良くなれるといいなあ。


 でもわたしは、その男の子にやや引っ掛かる違和感を感じていた。


 初めて会ったはずなのに、どこかで見たことあるような不思議な感覚に襲われる。だが記憶を遡っても、何も出てこない。この既視感めいたものが何なのかはわからなかった。
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