Sweet Love
「へぇーくっしょん!」



 彼がもの凄い声を上げてくしゃみする。わたしはそれに驚いて目を剥いた。くしゃみの仕方も、その声も、とても普段の彼からは連想できない、衝撃的な光景だった。



 ――風邪引くよ、…萩原くん。



 しばし見ていると、彼はムクッと頭を起こし、目を擦る。そこで漸く、萩原くんは、立ち尽くしているわたしに気が付いた。



「…あ、石田じゃん」



 萩原くんの声は、寝起きのせいで少しだけ掠れている。



「萩原くん、帰らないの?」

「帰るよ。石田を待ってた」



 待ってたと言われ、心臓の鼓動がドクンと鳴った。



「え、何で? 朱菜ちゃんと帰らないの?」

「…あいつなら先に帰ったよ。ちょっと今ぎくしゃくしてるから」

「あの…」

「え?」

「もしかして、……それってわたしのせい?」



 彼と朱菜ちゃんの間にわたしの話が出たのではないかと、不安になる。彼女なら、はっきりと言いたいことを言いそうだ。抱えた不満を包み隠さず話すような。



「…とりあえず、ちょっと話そうか。ていうか、こっち来て座って」



 頷いたわたしは、言われるがまま自分の席へと引き返す。


 椅子を引き、萩原くんと向かい合わせの状態になった。



「まず、最近ぎくしゃくしているのは石田のせいじゃないから。これは、俺の問題だから」

「…そうなの?」



 萩原くんは何も答えてくれない。下を向いて、少し考え込んでいるようだった。


 そんな様子じゃ、尚更わたしは不安になる。


 わたしは萩原くんが話すまでじっと待った。


 やがて、萩原くんは顔を上げる。



「……触れて悪いとは思うけど、石田さ、前スーパーで会ったとき泣いてただろ?」

「……うん」

「どうしてあのとき、泣いてた?」
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