Sweet Love
 ――起きてくれないと非常に困る。わたしは、少し強めに肩を揺さ振った。



「…起きて。萩原くんっ」



 萩原くんの瞼が、ゆっくりと開かれる。



「んー、あ…」



 眠気の残った声を出して、彼はわたしの肩から自然に離れた。目を擦りながら、こちらを片目で見る。



「あ、ごめん…」

「萩原くん、寝すぎだよ」



 目元から指が離れると、起きたばかりのせいなのか、彼の目はいつもよりもパッチリ二重だ。それでも何度か瞬きを繰り返していく内に、いつもの自然な二重に戻っていった。



「…ごめん。何かバスがいい感じに揺れてて眠くなったから、つい」

「……萩原くん、それよりどこで降りるの?」



 萩原くんは窓を見ながら、「あー…」と呟く。おそらく、今はどこら辺だろう、と確認して見ているのだろう。窓からわたしに視線を移して、萩原くんは言った。



「…あとみっつ目のとこ」

「わたし、次の次だよ」

「そっか」

「わたしが起こさなかったら、乗り過ごすことになっていたんだから」



 萩原くんは、ふっと表情を緩める。わたしも、つい釣られて笑ってしまった。


 わたしが降りる停留所はもうすぐなので、予め定期入れを鞄の中から取り出す。着くまでの間、取り留めのない会話を少しだけ交わした。


 そして降りる頃、わたしが立ち上がると萩原くんも立ち上がり、通る場所を開けてくれた。


 彼が座り直したのを確認し、わたしはバスを降りる前にもう一度振り返った。



「萩原くん、またこのあと寝たりしないでね」

「あとひとつだろ。寝れるわけがない」



 …まあ、そうだろうけど。



「…そ、そうだよね。じゃ、じゃあね」

「また明日」



 わたしが手を振ると、萩原くんも同じように手を振り返してくれた。


 笑顔で見送る萩原くんの顔を見たわたしは、軽く頷いてから通路を歩き出して、バスを降りた。
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