Sweet Love
 やがて、バスが発進する。


 徐々に加速していき、窓から見える景色が、速度を上げて流れていく。



「ねえ、麗美。最近はどうなの?」

「何が?」

「ヤツと」



 裕子が親指で後ろの方を指差す。


 さり気なく後ろの方を見ると、後部座席に近い、二人用の座席のところで、萩原くんと牧原くんが座っていた。彼等は楽しそうにお喋りしている。


 向き直って、わたしは言った。



「え…何にもないよ」

「なーんだ。進展してないんだ」

「…するわけがないよ。それより、裕子はどうなの?」

「え? あたし?」



 声を裏返して、裕子は自分を指差す。わたしは頷いた。



「…牧原くんと仲良いから、その、……好きなのかなあって」



 彼女は一瞬だけ目を見開く。だがすぐに、溜め息を漏らした。



「…何言ってんの。あたしのタイプはね、年上でもっとこう…美形の男子がタイプなの。牧原は、あたしの……」



 そう言い掛けて、裕子は言葉を止める。下を向いて、何か考え込んでいるようだった。


 その様子では、やはり好きなのでは? と思ってしまう。わたしは待ち切れなくて、彼女の続きの言葉を急き立てた。



「あたしの…?」

「……奴隷よ」



 ――えっ…?

 今、何て…?



「奴隷……?」



 と、思わず訊き返す。



「…そう、奴隷」



 ――えっ。牧原くん、奴隷扱い…?



 その瞬間、つい可笑しくなって、わたしは噴きだした。


 ――ダメだ、笑いが止まらない。


 時々二人を観察しているけど、わたしが見る限り、裕子が牧原くんを奴隷として扱っている風には見えない。でもまさか、彼のことを奴隷だと表現するとは思わなかった。



「牧原くん、かわいそう…」

「あたし、この前麗美が紹介してくれたお兄さんがタイプだなあ」



 それを聞いた途端、わたしは笑顔を引っ込めた。



「えっ。兄ちゃん…?」

「だって結構イケメンじゃなーい」



 裕子は両頬に手を添え、目をキラキラとさせながら宙を見上げる。夢見る乙女のような顔だった。


 兄ちゃんのどこが良いのか、わたしにはさっぱりわからない。


 いつもわたしのことバカにするし、いつも意地悪だし、良いところなんてあまりない。強いて言うなら、お料理とか何でもできるところぐらいだ。



「兄ちゃん、別にイケメンじゃないよ」



 ――裕子は完全に見た目で騙されてるよ、本当に。
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