Sweet Love
「……写真撮ってたの。ほら、あの桜の木」

「…あれね。 俺も撮ろうかな」



 ぽつりと呟くように、彼はそう言った。携帯を開き、写真を撮り始める。何度かシャッター音が鳴った。わたしはその光景を黙ったまま見つめる。



「うん、なかなかきれいじゃん…」



 しばらくわたしは、彼の綺麗な横顔に見惚れていた。言葉も忘れて、彼をじっと見る。憂いを帯びたような声が魅力的だと思った。



 ――あ…、桜の花弁が髪の毛に引っ掛かっている…。



 教えてあげようかと声を発そうとしたとき、言葉が詰まった。



 ――あれ? そう言えば、この人の名前何だったっけ……。

 自己紹介のとき、自分のことでいっぱいいっぱいだったから、名前なんて全然覚えてないんだけど……。



「……あの」

「…何?」

「頭の後ろに……花弁ついてる…」

「あ、ほんとに?」



 彼は俯いて、自分の頭をわしゃわしゃと手で動かした。



「うん、取れたよ」

「……石田、さん…だっけ?」

「あ、うん…」

「さっき噛んでたのおっかしかった」



 彼は思い出したように、人懐っこい笑顔をわたしに見せた。



 ――うっ…それは触れて欲しくなかったな。



「……席近いみたいだし、よろしく」

「よ、よろしく…。あの、名前ちゃんと聞いてなかったからもう一回教えてもらっても…いい?」

「……萩原翔(はぎはら しょう)」

「…萩原くん、ね…。ありがとう」

「…うん」



 萩原くんは桜の木を一度見上げたあと、こちらに顔を戻した。



「――俺、もう行かないと。じゃあ明日」


「うん! …明日」



 彼は最後に微笑んで、歩き出す。角を曲がるまで、わたしは彼から視線を外せなかった。
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