Sweet Love
彼女は、きっと覚悟していたのだと思う。


 憶えていなくても、そのまま思い出せなくても、どちらでも良かった。記憶が無くたってまたいつかあの頃みたいに戻れると、信じていたのかも知れない。たとえそれが小さな淡い恋心の始まりだったとしても。



「でも、思い出せないと言う度に、花咲はいつも無理して笑ってた。表情が変わったんだ。心から笑わなくなった」

「……え」

「相当ショックだったんだと思う。おそらく花咲は自分の気持ちに気付いていない。俺じゃダメなんだよ。きっと、…また傷付けてしまう」



 気付けば、わたしの目に涙が溜まっていた。今瞬きをすれば、きっと流れてしまう。わたしは、必死に涙を堪えた。



「…何で、石田が泣きそうになってるんだよ」

「だ、だって…」

「…もう着くよ」



 萩原くんはティッシュを取り出した。



「…早く拭いちゃいな。また、俺が泣かしたと思われる」

「…うん」



 萩原くんは、ちゃんと自分なりに朱菜ちゃんのことをしっかり見ていた。このまま関係を続けても、彼女をまた傷付けてしまう。無理して笑顔を繕うくらいなら、それは彼女のためにはならない。苦痛でしかない。だから萩原くんは、彼女と別れることを選んだ。自分が彼女の隣にいるべきではないと、萩原くんはそう判断したんだ。


 でも――。頭の中で、彼女の言葉が引っ掛かった。


 朱菜ちゃんが言っていた、萩原くんが言う好きな人って一体誰なのだろう。
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