Sweet Love
 玄関に着くと、背丈の高い影が薄っすらと伸びていた。おそらく兄ちゃんのものだ。


 その影に近付いていくと、兄ちゃんはこちらに背を向けて外をじっと見ていた。靴はどうやらもう履き替えたらしい。



「…兄ちゃん、ごめん。日誌書いてた」



 兄ちゃんがゆっくりとこちらに振り向き、わたしに焦点を合わせた。



「……遅いぞ、恐竜」



 …今度は恐竜ですか。



「兄ちゃん、学校でその呼び方はお願いだからやめて」



 わたしは冷たい声で兄ちゃんを睨みながら、靴を履き替えた。



「恐竜は、恐竜だから」



 全然効いてない。


 わたしは、盛大な溜め息を吐いた。



「誰かに聞かれたらどうすんの」

「……」



 もしかして、…効いた?


 でも、何だか様子がおかしい。口は半開き状態だし、間抜けな表情で視線はわたしの後ろに向いている。



「に、兄ちゃん…?」



 わたしはゆっくりと視線を後ろに向けた。



「ぎゃあーーーーーーっ!!」



 まさか人が居るとは思わなかったわたしは、あまりに驚いて腰を抜かしてしまう。地べたに付いたとき、太腿がひんやりと冷たかった。


 なんと、わたしの真後ろには女の子が立っていたのだ。


 その子はにっこりと笑顔を向けながらわたしを見下ろしている。ちゃんと見ると、わたしのよく知っている人だった。



「……あれ? …あ、あ、朱菜ちゃん?」

「石田さん、…恐竜なんですか?」



 朱菜ちゃんは、含み笑いを浮かべてクスクスと笑う。上品な笑みだった。



「…何? 友達?」



 やば、さっきの会話……聞かれた。



「はい、友達ですよ。初めまして。わたし花咲朱菜と言います」



 彼女は、兄ちゃんに深々とお辞儀をした。



 え……。

 そもそも、わたし達って友達だっけ。



「こいつの兄で、誠二と言います」



 兄ちゃんも何故か礼儀よく深々と頭を下げた。



 わたしの目の前で自己紹介始めちゃったよ…。



 頭が錯乱状態のまま、わたしは未だに動けず、地べたに手を付いていた。
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