水面の満月
不幸
少し顔色の悪い啓介が、久しぶりに訪ねてきたのは、明け方まで飲み明かして以来、数ヶ月ぶりだった。
どつやら啓介にしてみたら、俺にはアンナと上手くいってた時に色々と惚気ていたものだから、俺はアンナを連想させる人間だったようだ。
しばらく来なかったのは、俺を見るとアンナを思い出してしまうから辛くてこれなかった、と久しく来なかった理由を語った。
別にいいよ。あんちゃんが来たければくればしし、そうでなければ来なかったらいい。何にも気にすることなんてない。
俺がそう言うと、啓介は少し涙ぐみながら、野村さんならそう言ってくれるだろうと思ってたんだ、とそういった。
それで、今日はどうしたんだよ?
数ヶ月前と同じような満月の夜。やはり数ヶ月前と同じ河原に腰掛けて、啓介は俺の隣に並んだ。
月がゆらゆらと川面に映る。
啓介はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように言った。
以前、アンナのPCからサトミのSNSやブログの記事が出てきたと言いましたよね。
そう言って啓介はこちらをじっと伺った。どうも腹を据えたらしい。
あぁ、そんなこと、言ってたな。それがどうかしたのか?もう別れたんだろう?
ええ。もう別れて3ヶ月はたつと思います。 …誰かがサトミのなりすましアカウントを作ってるみたいなんです。
月明かりが啓介の顔を照らした。ゆらゆらとした川面と同じように、なんだか啓介の顔がゆらゆらとゆらめいたように見えた。
啓介は、サトミのなりすましアカウントをつくったのはアンナだと思っているようだった。
それで?俺になんて言って欲しい?あんちゃんは、やったのはアンナだと思っているんだろう?
啓介はしばらく黙った後、ゆっくりと言った。
アンナなんじゃないか…とは思っています。でも、そうは思いたくない気持ちもあって…。
昔から、アンナにはわからないとこがあったけど、あいつは優しいいい女でした。アンナがしたとは思い切れない部分もあって。
野村さんにはアンナとのことをいっぱい相談に乗ってもらいました。私がアンナの気持ちがわからないときは、何故か野村さんに聞くとアンナが何を考えているかわかった気がした。野村さんに話すと、たいてい上手くいったんですよ…。別れた時以外は、本当に。
今も、アンナが何を考えてるか知りたいんです。野村さんなら、前みたいに、アンナの気持ちを気づかせてくれるんじゃないかって。
俺は何を言ってるんだという視線を啓介に向けた。
あんちゃん、俺はあんちゃんが推してほしかった背中を推してきただけだよ。人の気持ちなんてそう簡単にわかるわけじゃない。そら、ちょっとあんちゃんよりは余分に人生経験を積んで来た。でもそれだって、他の人にも当てはめられるとは思ってない。俺は、昔一緒だった女房とのことを思い出しながら、こうしてたまに話しにきてくれるあんちゃんの気持ちを汲んでただけなんだよ。
いつもとは違い、啓介ののばした手を払いのけるような俺の言葉に、啓介は少しショックを覚えたのか、つかの間沈黙が流れた。
そりゃ、そうですよね。
やがて口を開いた啓介の言葉はどこか寂しそうだった。よいしょと河原を立ち上がった啓介の表情は月明かりが逆光となりよく見えない。
暗くなった表情の向こうに、ちらりとアンナの苦痛に歪んだ顔が見えた。
ふらふらと、今日は帰ります、と立ち去ろうとする啓介の背中に、俺はこういうしかなかった。
啓介、女は強い。しばらくは苦しむだろうけれど、アンナはいずれお前無しでも立ち直る。新しい恋もするだろう。だから、お前も早く忘れた方がいい。
逆光で見えない啓介の顔。暗がりの中にみえるアンナの苦痛。結局、俺は本当のことを啓介にいう勇気がなかった。
啓介とアンナの不幸は、もう食い止められないのかもしれない。
どつやら啓介にしてみたら、俺にはアンナと上手くいってた時に色々と惚気ていたものだから、俺はアンナを連想させる人間だったようだ。
しばらく来なかったのは、俺を見るとアンナを思い出してしまうから辛くてこれなかった、と久しく来なかった理由を語った。
別にいいよ。あんちゃんが来たければくればしし、そうでなければ来なかったらいい。何にも気にすることなんてない。
俺がそう言うと、啓介は少し涙ぐみながら、野村さんならそう言ってくれるだろうと思ってたんだ、とそういった。
それで、今日はどうしたんだよ?
数ヶ月前と同じような満月の夜。やはり数ヶ月前と同じ河原に腰掛けて、啓介は俺の隣に並んだ。
月がゆらゆらと川面に映る。
啓介はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように言った。
以前、アンナのPCからサトミのSNSやブログの記事が出てきたと言いましたよね。
そう言って啓介はこちらをじっと伺った。どうも腹を据えたらしい。
あぁ、そんなこと、言ってたな。それがどうかしたのか?もう別れたんだろう?
ええ。もう別れて3ヶ月はたつと思います。 …誰かがサトミのなりすましアカウントを作ってるみたいなんです。
月明かりが啓介の顔を照らした。ゆらゆらとした川面と同じように、なんだか啓介の顔がゆらゆらとゆらめいたように見えた。
啓介は、サトミのなりすましアカウントをつくったのはアンナだと思っているようだった。
それで?俺になんて言って欲しい?あんちゃんは、やったのはアンナだと思っているんだろう?
啓介はしばらく黙った後、ゆっくりと言った。
アンナなんじゃないか…とは思っています。でも、そうは思いたくない気持ちもあって…。
昔から、アンナにはわからないとこがあったけど、あいつは優しいいい女でした。アンナがしたとは思い切れない部分もあって。
野村さんにはアンナとのことをいっぱい相談に乗ってもらいました。私がアンナの気持ちがわからないときは、何故か野村さんに聞くとアンナが何を考えているかわかった気がした。野村さんに話すと、たいてい上手くいったんですよ…。別れた時以外は、本当に。
今も、アンナが何を考えてるか知りたいんです。野村さんなら、前みたいに、アンナの気持ちを気づかせてくれるんじゃないかって。
俺は何を言ってるんだという視線を啓介に向けた。
あんちゃん、俺はあんちゃんが推してほしかった背中を推してきただけだよ。人の気持ちなんてそう簡単にわかるわけじゃない。そら、ちょっとあんちゃんよりは余分に人生経験を積んで来た。でもそれだって、他の人にも当てはめられるとは思ってない。俺は、昔一緒だった女房とのことを思い出しながら、こうしてたまに話しにきてくれるあんちゃんの気持ちを汲んでただけなんだよ。
いつもとは違い、啓介ののばした手を払いのけるような俺の言葉に、啓介は少しショックを覚えたのか、つかの間沈黙が流れた。
そりゃ、そうですよね。
やがて口を開いた啓介の言葉はどこか寂しそうだった。よいしょと河原を立ち上がった啓介の表情は月明かりが逆光となりよく見えない。
暗くなった表情の向こうに、ちらりとアンナの苦痛に歪んだ顔が見えた。
ふらふらと、今日は帰ります、と立ち去ろうとする啓介の背中に、俺はこういうしかなかった。
啓介、女は強い。しばらくは苦しむだろうけれど、アンナはいずれお前無しでも立ち直る。新しい恋もするだろう。だから、お前も早く忘れた方がいい。
逆光で見えない啓介の顔。暗がりの中にみえるアンナの苦痛。結局、俺は本当のことを啓介にいう勇気がなかった。
啓介とアンナの不幸は、もう食い止められないのかもしれない。