だから俺様は恋を歌う

「何か先輩たちがごめんね。CD、聴いてみるね」

 下校時間になって、部室を出て昇降口に向かって歩きながら、私は部長たちのことを詫びた。あれから結局、北大路は部長たちオススメのアニメを見て過ごしていた。
 俺様ナルシストなのに、北大路はこういったことで文句を言わないどころか、嫌な顔ひとつしない。

「いや、楽しかったからいい。俺が仲間外れにならないよう、気を使ってくれてるんだろ」
「ま、そうかもね」

 思い出した。こいつな何でもポジティブに受け止めるんだった。サナは北大路のこのポジティブ発言にウケているけど、私はやっぱりちょっと引く。

「そういえば、さっき姫川が使っていたアプリを教えてほしいんだけど」
「え? アニメ見るやつ?」
「うん。姫川とか部長さんに勧めてもらったものを、そのアプリがあれば見られるんだろ?」
「まあ、そうだね」

 私が使っているそのアプリは、月額料金を払えば見放題メニューに入っているアニメなら好きなだけ見られる。現在放送中のアニメも大体は追うことができるし、旧作の取り揃えもかなり豊富だ。しかも、類似サービスの中でも飛び抜けて月額料金が安い。だから親も説得しやすかった。

「これね、このアプリ。初めの一ヶ月は無料で見られるから、本当に入会したいと思ったら親御さんにちゃんと相談してね。あと、動画見てると通信量すごいから、WiFi環境があるところで見たほうがいいよ。あ、入会してアカウント作ったら、パソコンでも見られるからね」

 アプリストアを開いて検索して、基本情報と注意事項を伝えると、北大路はニマニマしていた。サナもなぜかニヤけている。

「何? 何か変なこと言った?」
「いや。ただ、姫川は親切でいいやつだなあと思って」
「は? そんなこと言うなら、もう何も教えないよ」
「何でだ。褒めただけなのに」

 北大路とサナは顔を見合わせて、「なあ?」「ねー」と言い合っている。もうすっかり打ち解けて仲良しの雰囲気を出すこのふたりが、何だか癪だ。

「キンヤくん、とりあえず何から見始めるの?」
「あれだ、姫川が好きなやつ」

 サナの問いに、北大路は私の大好きなあのアニメのタイトルを挙げた。聴くといつも泣いてしまうあの曲が流れるアニメを。

「あれもアイドルアニメで、たくさん歌が流れるだろ? 歌のうまい声優をチェックしたいし、劇中歌を歌えるようになりたいんだ」

 なぜかそう言って、北大路はドヤ顔をする。歌を覚えて、カラオケで披露する気だろうか。また私を泣かす気か。

「メーちゃん喜ぶねー」
「そうだろ」
「別に嬉しくないし」

 慌てて否定したけれど、北大路は聞いていなかった。
 下駄箱に到着して、帰る方向が違うからそのまま別れることになる。

「キンヤくん、メーちゃんと仲良くなりたくて一生懸命だね」

 途中まで一緒の道のサナが、隣を歩きながらニコニコと言う。何だかいつも、北大路の話題になるとサナは楽しそうだ。

「私とっていうより、漫研の人たちとなかよくなりたいんじゃないの?」
「もーメーちゃん、そっけなーい。キンヤくん頑張ってるんだから、もうちょっと歩み寄ってあげなきゃ。一緒に音楽活動する仲間でしょー?」
「まあ、そうだけど……」

 そんなふうに言われてしまうと、返す言葉がない。たしかに、私は北大路と一緒に音楽をやる約束をしたし、別にそれを嫌だとは思っていないから。


 そんなサナの言葉があったから、というわけではないけれど、その日から私は勉強中に北大路に借りたバンドの曲を聴くようになった。これまで音楽は、アニメのタイアップ曲とかキャラソンやアニソンばかりだったから、そうして何もとっかかりがないものを聴くのは新鮮だった。そして、日頃聴かないぶん刺激があって、次に作りたい曲のアイデアがいくつも浮かんだ。
 新しい世界が広がった感じだ。
 それは北大路も同じだったらしく、例のアニメの最初のシリーズをあっという間に見終え、今はセカンドシーズンを見始めているらしい。『何で姫川があの曲で泣くのかわからなかったけど、アニメを見たらちょっとわかった。めちゃくちゃいい曲だな』というメッセージが来た。しかも私の推しキャラのスタンプつき。スタンプまで買ってしまうなんて、沼に片足をつっこんでいるのと同じだ。
 北大路にとっても、新しい世界が開けたらしい。
 新しい世界への扉は、どこにでもあるということだ。
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