だから俺様は恋を歌う


 息抜きをしにピロティへ行ってジュースを買ってから教室に戻ると、作業している人間の数がまた減っていた。
 部活の展示の準備をしに行った人ももちろんいるだろうけれど、大半がよそのクラスとかに遊びに行ってしまったのだろう。
 こういった準備は、最初はみんな参加しても、あとからは真面目な子たちに押し付けられがちなのだ。
 まあ、騒いで作業しないくらいならいなくていいとは思うけれど、何だかなあと思ってしまう。こういうとき真面目にしない人は、社会に出たらどう生きるつもりだろう……なんて考えるのは大げさだろうか。

「サナ、何か手伝えることある?」
「メーちゃんはもう終わったの?」
「うん。あとはポスターだけど、チラシ用に描いたのを拡大コピーして色塗ったらいいかなと思って」
「じゃあ、色塗るの手伝って」

 廊下では、大きなダンボールに向かってサナがペンキだらけになっていた。美術部の子にエプロンを借りてはいるけれど、結構汚れている。漫研だからって看板を任されたけれど、私たちは普段はデジタルで主に描いているから、慣れない画材に大きすぎるキャンバスはなかなか困ってしまう。
 けれど、サナは見事に描きあげていた。
 ……裸に蝶ネクタイとフリフリのカフェエプロンだけを身につけた、美男子二人を。
 通りでサナの周りに誰もいないわけだ。

「サナ、この二人に服着せていい?」
「……やっぱりダメか。ちょっと遊び心を感じさせる看板にしたかったんだけど」
「遊びどころじゃないよ、大冒険だよこれ」
「素敵にできたと思うんだけどなぁ」

 なかなか納得しないサナをなだめつつ、私は美男子の露わな筋肉の上にメイド服を描き込んでいった。こうすればカフェエプロンは活かせるから。
 それにしても、何で女の子の可愛いイラストも描けるくせに、筋肉イケメンを描いちゃったんだろう。サナのセンスにはたまに頭を抱えたくなる。
 でも、素敵に微笑む細マッチョ二人がメイド服とセーラー服を着ているというかなりインパクトのある看板に仕上がった。
 これなら、道行くお客さんの目を引くことができるだろう。……ドン引きもされるかもしれないけれど。


「姫川さん、あの、廊下で姫川さんを探してる人がいたんだけど……」

 出来上がった看板を教室に運び込んで、どこに置いておこうかとサナと話し合っていると、本田さんがおどおどした様子でやってきた。
 この人、白川グループにいるのにどうも気が弱そうというか、人にものを頼まれやすい体質をしているらしい。いつから取次係になったんだと思うけれど、それは本人が一番思っていることだろう。

「え? 今度こそ呼び出し?」
「わかんない。……何か、男子なんだけど……」
「えー……」

 男子と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは盛田さんのことだった。盛田さんの手先の男子が私に報復に来たのか、と。
 でも、すんなりおパンツ写真を消したあの子が今さらそんなことをするとは思えない。
 そう考えると、あとはもうわからない。私の世界は狭いのだ。
 それに悲しいかな、男子となんてほとんど接点がない。北大路につきまとわれるようになるまで、ほとんど学校で男子としゃべることはなかったし、それは今でも変わらない。共学に通っているのが信じられないほど、男子と関わる機会がないのだ。
 だから、男子に呼び出されるというのも実感がわかない。

「何か、本田さんいつもごめんね。私を呼びに来た人の取次係みたいになっちゃってて。今度からそういう人が来たら『お前が来い』って言ってやってもいいよ」
「わ、わかった! 言ってくる!」
「え⁉︎」

 冗談のつもりで言ったのに、本田さんは止める間もなく廊下へと走って行ってしまった。本田さんが弱いのは、気じゃなくて頭なんじゃないかという気がしてきた。
 どうしたものかとサナと顔を見合わせていると、少ししてから本田さんが得意げな顔で戻ってきた。

 厳つい顔の男子を、二人も引き連れて。
< 25 / 33 >

この作品をシェア

pagetop