だから俺様は恋を歌う
「……ツバサとケイは、どこまで知ってるんだ?」
場所を体育館へ向かうための連絡通路に移して、北大路がまずそう口を開いた。ここなら人通りは少ないし、運良く文化祭の準備に使っている生徒もいない。
半眉二人改めてツバサとケイは、顔を見合わせたあと、「全部」と答えた。
つまりは、北大路が盛田さんに手を出したわけではなく、盛田さんのほうから北大路に迫って、それを誤解したコージと揉めて部活を辞めたという経緯を聞かされた……ということだろう。
「その様子だと、コージは?」
「……盛田がぶっちゃけたから知ってる。てか、あいつの浮気癖をわかった上で付き合ってんだから、最初からわかってたはずなんだよ」
「……そうか」
ツンツン(たぶんこっちがツバサ)の言葉を聞いて、北大路は苦々しい顔をした。そりゃそうだ。コージが真実を知って傷つくことを避けるために、全部を被って黙って退部したっていうのに。盛田さんがぶっちゃけたとか、コージは最初からわかってたはずだなんて言われたら苦い気持ちにもなるだろう。
「それでさ、涼介のほうからコージに折れてくれたら、また一緒にやれるんじゃねぇかなって。……俺たちは何も知らなくてお前を責めちまったけど、悪くないってわかったから戻ってきて欲しいっていうか……」
アシメ(たぶんこっちがケイ)は、もじもじしながらそんなことを言う。この言葉の中には『ごめんなさい』の意味もあるのだろうけれど、いい歳して素直になれない子供みたいで好感が持てない。自己主張の激しい髪型してるのに、肝心の主張がはっきりできないなんてどうかと思う。
「文化祭のステージもさ、適当に連れてきたボーカルに歌わせようって言ってたんだけど、やっぱり俺たちは涼介がいいんだよ」
何も言わない北大路を、ツバサが懸命に口説き落とそうとする。けれど北大路は困った顔をするだけで、何も言おうとはしなかった。
当たり前だ。黙って退部しただけでも十分すぎるほど北大路が折れているというのに、それをまたさらに頭下げろだなんて、はたで聞いている私でも納得できない。
結局のところ北大路をこれまで悪者にしたまま、何の疑問も持たずにいたのだから、半眉二人も同罪だ。それなのに、そのことを謝罪しない上にまた北大路にだけ負担を強いるのはおかしい。
……北大路がどう考えているのかは、その表情からはわからないけれど。
「あんたたちさ、北大路がバンド辞めるってことになったとき、コージと一緒になって北大路を責めたんでしょ? 信じてあげなかったんでしょ? ……ならさ、まず謝るのが筋じゃない? 何で上から目線で『戻ってきてもいいぜ』みたいに言ってるの?」
「姫川……」
あまりにも腹が立って、つい言ってしまった。北大路はそれにひどく驚いた顔をした。
ツバサとケイもびっくりしたあと、ボソボソと「ごめん」などと言い、それに対して北大路も「別にいい」と返事をした。
それっきり、また三人はだんまりになってしまった。
もう、イライラする。いっそのことサナの描く漫画みたいに散々殴り合って、そのあと抱き合って仲直りしてくれたらいいのに。
でも、現実はそんなに簡単じゃなくて、しばらく誰も何も言わない気まずい時間が流れた。
その膠着状態を打ち破ったのは、平山だった。
「なぁ、コージって軽音部にいるギターのやつだろ? そいつと揉めて北大路がバンドに戻れねぇっていうんなら、俺がギターで入ってやるよ! そしたら北大路もバンドに戻れて、お前らも嬉しいだろ? もしコージが北大路を許せねぇってごねるんなら、追い出しちまえばいいんだし」
三人の会話から大体の内容を察したらしい平山が、閃いたというように突然そんなことを言い出した。北大路に負けない俺様発言だけれど、この場においてはグッジョブと言わざるを得ない。
「……そうか」
バンドの癌がギターのコージだということに気がついたらしい三人は、平山の言葉にハトマメ的な顔をした後、同時にそう言った。
コージと盛田さんカップルによってバンドがかき回されていたのだから、場合によっては追放も止むなしだろう。円満解決が一番だけれど、何よりも北大路たちがバンドをやれることが大事だ。
そのことに気づいたらしい三人は、平山も交えて楽しそうに話し始めた。
「男子ってさ、こういうところがシンプルでいいよね」
目の前の男子たちを見て、サナがそう言った。
妥協点を見つけたら揉め事を長引かせないというのが男子にありがちなことなのかはわからないけれど、北大路たちがそういうタイプで良かった。
そうは思っても、トントン拍子で話が進んでいく様子を見ていたら、胸の奥にすっきりとしない気持ちが湧き上がってきた。
北大路の歌声は、バンド音楽に合うと感じていたのに。
北大路が嬉しそうにしているのを見て、安心しているのに。
それでも、どこかでこの状況を喜べない自分に、私は気がついてしまった。
「よし、これでカラオケじゃない場所でちゃんと姫川に俺の歌声を聴いてもらえるな!」
「……うん、そうだね」
私のほうを振り返って、それはそれは嬉しそうに北大路は言った。でも、私はそれにうまく笑い返すことができなかった。ニッと口角を上げては見たけれど、おかしな顔になっている自覚がある。
(どうして?)
私はたぶん、答えを知っているのに胸が苦しくて、直視することができなかった。