だから俺様は恋を歌う
第二話 ようこそ異世界へ
壁一面を覆う本棚。そこにびっしりと詰まった、歴代の部員が持ち込んで置いていった新旧様々な漫画本。
部屋の中央には向かい合わせの長机、その上にはパソコンと画材とフィギュアたち。
ここは、漫研部の部室だ。
元々地学準備室だった場所のため、手狭ではあるけれど居心地の良い空間になっている。
どこに目をやっても、二次元たち。なんて素晴らしい空間。
私は日々、放課後はこの素晴らしい空間で過ごしている。
「部長、今日は他の人たちは?」
「べっちは歯医者で、むらもっちゃんはあとから来るって。……ところでメーさん、そこの人は誰? この部活の顔面偏差値を上げにきた入部希望者?」
メーさん、というのはこの部活での私の呼び名だ。苗字も下の名前も好きではないけれど、名前由来のこのあだ名が私は気に入っている。
窓際の席でアニメ雑誌を広げている部長は、困った顔をして私の背後を指差している。何が見えているんだろう。部長はもしかして霊感でもあるのだろうか。
「部長、大丈夫ですか? ここは漫研部の部室で、部員の私たち以外いませんよ?」
やだ怖い、と付け加えると部長はますます困った顔をして「メーさん、冗談よして」と言った。
「無視するな、姫川」
私の目にも無駄に容姿の良い男の幻が見えている気がするけれど、無視しておく。こういったものが助けを求めて彷徨(さまよ)う、なんて話は聞くけれど、声が聞こえたとしても「私はあなたの助けにはなれませんので、どうか他を当たってください」と念じるのがいいらしい。
「おい、何が『ナンマンダナンマンダ』だよ! 無視するなよ! 姫川!」
「……部長、塩ありますか? 清めの塩」
「何で人を悪霊みたいな扱いしてんだよ! いじめかよ、姫川」
「……うるさいな、北大路」
昨日の経験から、この男には無視がある程度有効であると学んだ。だから、教室にいる間はまるで見えていないかのように扱い、それで休み時間をやりすごせば良かった。休み時間いっぱい私の耳元でがなりたて、チャイムが鳴れば自分の席に帰って行ってくれるから。でも、放課後になればそうもいかないらしい。
というより、めげずに騒ぎ続けるこいつに私が疲れた。まさか、部室までついてくるなんて思わなかった。
「昨日も断ったけど、私はあんたに曲を作りません! あとね、ここは部室なの。部外者は帰って」
「お前が無視するから悪いんだろう。メッセージも無視するし。既読すらつかないなんて、初めての経験だ。でも、まぁ部外者が出て行けというのはわかった……何時に終わるんだ?」
「待つ気か⁉︎」
無視すればうるさすぎて疲れる。相手にしても話が通じなくて疲れる。どうすればいいんだろう。
昨日、帰宅してから送られてきたメッセージをすべてスルーしたことで、さすがにあきらめてくれるだろうと思っていたのに。
北大路はとにかく、めげないし、あきらめない。さすが、俺様ナルシストだ。
「どうだ、俺、カッコイイだろ?」と言いたげなオーラを常時発しているなんてどういうメンタルの強さなんだろうと不思議だったのだけれど、つまりはこんな感じなんだろう。強い。とにかく強い。
「まぁまぁ、メーちゃん。待ってもらったら? 帰りながら話するくらいならいいじゃない。今日はあたしもいるし」
「……サナ」
手際良く人数分のお茶を淹れてくれたサナは、あろうことか北大路にもカップを差し出していた。「ありがとう」と言ってカップを受け取った北大路は、「漫画でも読んで待ってたら?」というサナの言葉に素直に頷いた。
「……まぁ、サナがそういうなら良いけど。にしても北大路、ムカつく。総受け本描いてやるぞ」
「何言ってるの、メーちゃん。メーちゃんはBLは読むだけで描かないじゃん」
「まぁ、そうだけど」
私の言っている言葉の意味がわからないらしく、北大路はきょとんとした顔をしていた。「総受け? びーえる?」と困った顔で呟く彼に、さらに困った顔をした部長が「ああっ! ……わからないなら、そんな言葉は口にしちゃダメだ! ふ、腐海に飲まれるよ!」と叫んでいた。
北大路の反応に、私は文化圏の違いを感じていた。言語の壁? カルチャーショック?とにかく、そんな感じのものを。
ちょっとでも“こっち側”に足を踏み入れている人間であれば、「総受け本を描いてやる」はかなりの脅し文句だとわかるはずなのだから。
人の部屋に勝手に入るうるさい兄に言ってやると、「嫌だ! 怖い! 辞めてくれ! お嫁に行けなくなる!」と大騒ぎするくらいの効力はある。
でも、北大路にはそれがカケラも通じない。
わかっていたことだけれど、別世界の人なんだなあと思う。
それなのにその別世界人は、私を待つためにどっかり椅子に腰かけて漫画を読みはじめた。「これ、面白いからオススメ」と気を利かせて見繕った漫画を持って行ってくれる部長に、「ありがとうございます」なんて言いながら。
漫画を読んでいる間、北大路は静かだった。それをいいことに私はサナと描いている漫画の進捗報告という名の見せ合いっこをしたり、次はこんな曲を作るからMVはどんなのがいいかななんて話し合いをした。
サナは私の曲に動画をつけてくれている。イラストは私が描くこともあるけれど、それを動かして動画を作るのはいつもサナの担当だ。
私が曲を作りたいと言い出したとき、「じゃあ、あたしに動画作らせて」と言ってくれたのだ。それ以来、ずっとサナと一緒にやってきている。
「ねぇ、メーちゃん。このライン、いいよね」なんて言ってネットで細マッチョな男の人の写真を見つけてきて、その腹筋やら太もものラインを愛でながらイケナイ妄想を捗らせるような子であったとしても、私はサナと物作りをすることが好きだ。
この部活に入って、誰かと好きなものを共有することや一緒に作品を作ることの楽しさを知った。
「……ねぇ、ポージングのモデルさんとして彼に入部してもらえないかな」
コソッとした声で部長が言った。指差す先には、真剣な顔で漫画を読みふける北大路。
長い足を組んで本に視線を落とすその姿は、読んでいるものがたとえ漫画でも絵になっていた。
サナはひらめいたように、サラサラとその姿をスケッチしはじめた。
確かに、書き留めておきたいほど良い感じだとは思う。黙っていれば、北大路はイケメンでスタイルも良いのだから。
部屋の中央には向かい合わせの長机、その上にはパソコンと画材とフィギュアたち。
ここは、漫研部の部室だ。
元々地学準備室だった場所のため、手狭ではあるけれど居心地の良い空間になっている。
どこに目をやっても、二次元たち。なんて素晴らしい空間。
私は日々、放課後はこの素晴らしい空間で過ごしている。
「部長、今日は他の人たちは?」
「べっちは歯医者で、むらもっちゃんはあとから来るって。……ところでメーさん、そこの人は誰? この部活の顔面偏差値を上げにきた入部希望者?」
メーさん、というのはこの部活での私の呼び名だ。苗字も下の名前も好きではないけれど、名前由来のこのあだ名が私は気に入っている。
窓際の席でアニメ雑誌を広げている部長は、困った顔をして私の背後を指差している。何が見えているんだろう。部長はもしかして霊感でもあるのだろうか。
「部長、大丈夫ですか? ここは漫研部の部室で、部員の私たち以外いませんよ?」
やだ怖い、と付け加えると部長はますます困った顔をして「メーさん、冗談よして」と言った。
「無視するな、姫川」
私の目にも無駄に容姿の良い男の幻が見えている気がするけれど、無視しておく。こういったものが助けを求めて彷徨(さまよ)う、なんて話は聞くけれど、声が聞こえたとしても「私はあなたの助けにはなれませんので、どうか他を当たってください」と念じるのがいいらしい。
「おい、何が『ナンマンダナンマンダ』だよ! 無視するなよ! 姫川!」
「……部長、塩ありますか? 清めの塩」
「何で人を悪霊みたいな扱いしてんだよ! いじめかよ、姫川」
「……うるさいな、北大路」
昨日の経験から、この男には無視がある程度有効であると学んだ。だから、教室にいる間はまるで見えていないかのように扱い、それで休み時間をやりすごせば良かった。休み時間いっぱい私の耳元でがなりたて、チャイムが鳴れば自分の席に帰って行ってくれるから。でも、放課後になればそうもいかないらしい。
というより、めげずに騒ぎ続けるこいつに私が疲れた。まさか、部室までついてくるなんて思わなかった。
「昨日も断ったけど、私はあんたに曲を作りません! あとね、ここは部室なの。部外者は帰って」
「お前が無視するから悪いんだろう。メッセージも無視するし。既読すらつかないなんて、初めての経験だ。でも、まぁ部外者が出て行けというのはわかった……何時に終わるんだ?」
「待つ気か⁉︎」
無視すればうるさすぎて疲れる。相手にしても話が通じなくて疲れる。どうすればいいんだろう。
昨日、帰宅してから送られてきたメッセージをすべてスルーしたことで、さすがにあきらめてくれるだろうと思っていたのに。
北大路はとにかく、めげないし、あきらめない。さすが、俺様ナルシストだ。
「どうだ、俺、カッコイイだろ?」と言いたげなオーラを常時発しているなんてどういうメンタルの強さなんだろうと不思議だったのだけれど、つまりはこんな感じなんだろう。強い。とにかく強い。
「まぁまぁ、メーちゃん。待ってもらったら? 帰りながら話するくらいならいいじゃない。今日はあたしもいるし」
「……サナ」
手際良く人数分のお茶を淹れてくれたサナは、あろうことか北大路にもカップを差し出していた。「ありがとう」と言ってカップを受け取った北大路は、「漫画でも読んで待ってたら?」というサナの言葉に素直に頷いた。
「……まぁ、サナがそういうなら良いけど。にしても北大路、ムカつく。総受け本描いてやるぞ」
「何言ってるの、メーちゃん。メーちゃんはBLは読むだけで描かないじゃん」
「まぁ、そうだけど」
私の言っている言葉の意味がわからないらしく、北大路はきょとんとした顔をしていた。「総受け? びーえる?」と困った顔で呟く彼に、さらに困った顔をした部長が「ああっ! ……わからないなら、そんな言葉は口にしちゃダメだ! ふ、腐海に飲まれるよ!」と叫んでいた。
北大路の反応に、私は文化圏の違いを感じていた。言語の壁? カルチャーショック?とにかく、そんな感じのものを。
ちょっとでも“こっち側”に足を踏み入れている人間であれば、「総受け本を描いてやる」はかなりの脅し文句だとわかるはずなのだから。
人の部屋に勝手に入るうるさい兄に言ってやると、「嫌だ! 怖い! 辞めてくれ! お嫁に行けなくなる!」と大騒ぎするくらいの効力はある。
でも、北大路にはそれがカケラも通じない。
わかっていたことだけれど、別世界の人なんだなあと思う。
それなのにその別世界人は、私を待つためにどっかり椅子に腰かけて漫画を読みはじめた。「これ、面白いからオススメ」と気を利かせて見繕った漫画を持って行ってくれる部長に、「ありがとうございます」なんて言いながら。
漫画を読んでいる間、北大路は静かだった。それをいいことに私はサナと描いている漫画の進捗報告という名の見せ合いっこをしたり、次はこんな曲を作るからMVはどんなのがいいかななんて話し合いをした。
サナは私の曲に動画をつけてくれている。イラストは私が描くこともあるけれど、それを動かして動画を作るのはいつもサナの担当だ。
私が曲を作りたいと言い出したとき、「じゃあ、あたしに動画作らせて」と言ってくれたのだ。それ以来、ずっとサナと一緒にやってきている。
「ねぇ、メーちゃん。このライン、いいよね」なんて言ってネットで細マッチョな男の人の写真を見つけてきて、その腹筋やら太もものラインを愛でながらイケナイ妄想を捗らせるような子であったとしても、私はサナと物作りをすることが好きだ。
この部活に入って、誰かと好きなものを共有することや一緒に作品を作ることの楽しさを知った。
「……ねぇ、ポージングのモデルさんとして彼に入部してもらえないかな」
コソッとした声で部長が言った。指差す先には、真剣な顔で漫画を読みふける北大路。
長い足を組んで本に視線を落とすその姿は、読んでいるものがたとえ漫画でも絵になっていた。
サナはひらめいたように、サラサラとその姿をスケッチしはじめた。
確かに、書き留めておきたいほど良い感じだとは思う。黙っていれば、北大路はイケメンでスタイルも良いのだから。