だから俺様は恋を歌う
第十八話 そして恋のビートは高鳴る
 にぎやかな人混みの中を、私は顔を熱くして歩いていた。
 隣には北大路。いろんな意味で恥ずかしくて、顔から火が出てしまいそうだ。
 あれから、北大路は平然と他二曲を歌いあげ、ステージ裏から客席にやってきた。公開告白なんて大胆なことをした人物のお出だしだ。まるで海が割れるかのごとく人波が割れ、颯爽と私の前に現れやがった。
 それから「姫川を借りていくぞ」などと申し出、逃すまいと両脇をガードしていたサナと本田さんに私は「どうぞどうぞ」とされてしまったのだ。そして逃走防止のためかガッチリ手を握られ、そのまま体育館の外に連れ出されてしまった。

「一緒に出店を回ろう。その前に、何か飲むか」
「う、うん」

 威勢と手をつないだのなんて、たぶん幼稚園のお遊戯会以来だ。だから、私は緊張してパニックになって、半分以上わけがわからなくなっている。

「自販機でいいか。たしか、飲み物は喫茶系の店をやってるクラスまで行かなきゃならないからな」
「うん」

 ポケットから文化祭のプログラムを取り出して見ながら、北大路はピロティのほうに歩いていく。さすが俺様。エスコートもばっちりだ。そんなことより、身長差的にエスコートされているというより、連行される宇宙人のように見えていないかが心配だ。

「姫川は何が飲みたい?」
「え、えっと、冷たいの……リンゴジュース」
「わかった」

 北大路は私をベンチに座らせると、自販機のほうに行ってしまった。空いていてよかった、座れるし人目がなくてよかった……なんてことを思っていたけれど、そんな場合じゃなかった。これじゃまるで、買いに行かせるのが当たり前みたいな態度だ。

「ご、ごめん! お金、払う」
「いいよ、別に。そんなことより、飲んで落ち着いてくれ」
「うん、ありがと……」

 戻ってきた北大路に慌ててお金を渡そうとすると、グイグイとジュースを押しつけられて再び椅子に座らされてしまった。仕方なく紙パックにストローを刺し、喉を潤す。
 隣に座る北大路をチラッと見ると、冷たいココアを飲んでいた。推しキャラがココアを飲んでいると錯覚しそうになる。でも、彼はコーヒー党だった。だから、やっぱり目の前にいるのは北大路だ。

「何か、適当に買ってくるから待っててくれ」
「う、うん」

 喉が渇いていたのか、北大路はあっという間にココアを飲み干してしまった。落ち着かない様子で、せかせか歩いていってしまった。
 正直、私も気持ちの整理ができていなくて混乱していたから、ひとりになってホッとする。
 信じられないことばかり起きている。現実じゃないみたいだ。
 まず、公開告白だなんて漫画やアニメみたいなことが自分の身に起きたということが信じられない。現実にそんなことがあるとしても、そんなの一部のリア充のすることだと思っていた。でも、告白されたのはまさかのオタク女子だ。地味系陰キャラ代表だ。
 しかも、相手はあの北大路。俺様ナルシストとはいえ、女子の多くが憧れるイケメンだ。仲良くなった自覚はあったけれど、一体いつ、何で私のことを好きになったというのだろう……やっぱり、これは壮大な夢なのかも。

「……いてて」

 夢か現実か確かめるために、ベタだけど頬をつねってみた。痛かった。どうやら、これは現実らしい。

「ねえねえ、何してんのー?」
「コスプレじゃん。ナントカカントカってアニメの」
「ギャハハ。ナントカカントカじゃわかんねーよ」

 ひとりで照れたり痛がったりしているうちに、いつの間にか周りを取り囲まれていた。他校の制服を着た、あきらかにウェイウェイしてる系の男子たちに。

「ぼっちなん?」
「オレたちと一緒に回ろうよ。てか、案内してよー」
「オレら怖くないよ? めっちゃイイヤツだってー」

 何も言わない私に、ウェイたちはどんどん話しかけてくる。別に怯えているわけじゃないのに。ただ返す言葉に困っているだけだ。オタクを舐めるな。このコミュ力モンスターめ。 
 内心でそんな悪態をつきながら、私はハタと気がついた。文化祭で他校の男子や大学生に絡まれるというこのシチュエーション――めっちゃ少女漫画とかであるやつだ、と。
 それなら、あとの展開もきっとお決まりなパターンだ。私はヒロイン属性足りていないけれど、見た目やスペック的にはバッチリヒーローなあいつなら、見事この状況を打破してくれるはずだ。
 そんなことを考えていたら、北大路が食べ物を手に戻ってきた。ウェイたいの背後から現れた姿は、キラキラのエフェクトがかかって見える。
 セオリー通りなら、「そいつ、俺の彼女だから」とか「俺の女に何か用?」なんてセリフでモブを追い払ってくれるはず――。
 そう思っていたのに、北大路は手を振ってにこやかに現れた。
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