だから俺様は恋を歌う
第三話 俺の歌を聴け
 BLショック発熱から復帰して登校してきても、北大路は私に声をかけてこなかった。もうあきらめてくれたのだろうか。
 何にせよ、そのおかげで、休み時間はサナや他の趣味の合う子たちと平和におしゃべりして過ごすことができた。
 回し読みしている漫画の続きを貸してもらったり、一緒にハマっているソーシャルゲームでなかなか私が出せないでいるキャラクターを出した子にゲーム内イベントを見せてもらったり。
 ちらりと北大路のほうを見れば、昼休みの前半はどこかに行っていたし、戻ってきてからは自分の机でイヤホンをして、熱心に何か音楽を聴いている様子だった。まるで、昨日まで私にしつこく声をかけていたのが嘘みたいだ。
 これが私の日常よね――そんなふうに思って胸を撫で下ろしていたのだ。
 それなのに……


「姫川、喜べ! 今から俺とカラオケに行くぞ!」

 放課後、部活に行くために教室を出ようとしたところで、北大路に足止めされた。
 しかも、わけのわからないことを言っている。

「どいてよ。今から部活に行くんだから」
「大丈夫だ。部長さんにはもう二人が部活を休むことの許可を得てる」
「はぁ? いつの間に?」
「てか、あたしも?」

 呆れる私とサナに、北大路は「ドヤァ」という顔をしてきた。用意周到だろうと言いたいらしい。
(それにしても何で許可を出してるんだ、部長。しかもこいつもわざわざ三年生の教室に行って話をしてきたのか。その行動力があるなら仲違(たが)いしたバンド仲間と仲直りして来いよ。それか別の楽曲提供者を探せ。もしくは自分で作れよ。)
 言いたいことはたくさんあったけれど、疲れるのがわかっていたから私はもう何も言わなかった。それを肯定ととったのか、北大路は嬉しそうだ。

「お前の作った曲を探して聴いたんだ! ますますお前に曲を作ってもらいたくなった! お前、なかなかセンスあるな」
「そりゃどうも」

 誰だ、情報漏らしたのは。捕まえてとっちめてやりたい――そう思うけれど、八つ当たりかもしれないと気づいてグッと堪えた。
 こいつが私につきまとったりしなければ、そんな情報が漏れようが大したことではないのだから。
 徹頭徹尾、悪いのはこいつだ。

「それで、姫川も俺の歌を聴けば、きっと俺に曲を作りたくなるだろうって気がついたんだ。嬉しいだろう? ただで俺の歌が聴けるんだから」

 北大路は、またおかしなことを言っている。しかもこれを冗談ではなく真顔で言っているのだから質が悪い。他の女子たちなら、こんなことを言われればキャーキャー言って大喜びするのかもしれない。でも、私には二次元の素敵な王子様がいるのだ。そんじょそこらの異性に騒ぐなんて思われているなら心外だ。ムカつく。ムカつきすぎて顔面にパンチしてやりたい。
 でも、私は大人だからそんなことはせず、そっと北大路の手に百円玉を握らせた。

「姫川? ……この百円はどういう意味だ?」
「『ただで歌を聴かせてやるから有り難がれ』って言うんだったら、お金あげるから帰ってもらおうと思って」
「なっ……!」

 明確な拒絶をしたことでようやく理解できたのか、北大路はショックを受けた顔をしている。まぁ、これまでの人生で女子をカラオケに誘ってこんなふうに嫌がられることなんてきっとなかっただろうから、ショックを受けるのも仕方がない。でも、同情なんてしてやらない。三次元に興味のない人間もいるということを、そろそろしっかり知ったほうがいい。

「サナ、行こう」
「待って、メーちゃん」

 私は北大路を放って部室へ向かおうとした。
 でも、サナは歩き出した私の手を引いて、またあいつのところへ戻ってしまった。

「今日はせっかくだからキンヤくんとカラオケ行こうよ。キンヤくんも、歌を聴いた上でメーちゃんが断るんだったらあきらめるよね?」
「あ、ああ……それなら仕方ないな」
「よっしゃ! なら行こう!」

 最初は何を言い出すのかと思ったけれど、サナの機転に救われた。喜びの雄叫びをついあげてしまったあと、私はこっそりサナに「グッジョブ」と囁いた。日頃からイケメンボイス(声優さんの)は聴き慣れているんだ。そこそこかっこよくてそこそこうまいくらいの歌声を聴かされたって、私の心は絶対に一ミリも動かない自信がある。歌声を聴かせて私の心を動かせないのなら、それが北大路の実力ってやつだ。今度こそしっかり断って、あきらめてもらおう。
 何もわかっていないのは北大路だけで、満足そうな顔をして私とサナの後ろに続いていた。
 それにしても……
 北大路を連れて歩くのはすごく目立つ!
 北大路が目立つのはもちろんだけれど、こいつの容姿と私たちの容姿のギャップも原因な気がする。
 不良のような着崩し方やアレンジではないけれど、北大路は芋臭くならないよう適度に制服を着崩している。おまけにイケメン。それに長身でスタイルもいいから、制服映えする容姿なのだ。
 かたや私とサナは、スカート丈こそ少しだけ気を使って膝が半分ほど見える位置まで上げてはいるものの、いわゆる“女子高生”な出で立ちをしているわけではない。アレンジもしていなければ、余計な付属品も一切つけていない。まあぶっちゃけ、ダサいのは自覚しているのだ。
 そんなのがイケメンと並んで歩けば、嫌でも目を引くだろう。
 昇降口にたどりつくまでの間だけでも、視線、視線、視線。
 見られるって、かなりのストレスだなと感じた。
 でも、今日このあとカラオケに行けば、北大路につきまとわれることもなくなる。だから、それまでの我慢だ。
 そう思っていたのに……



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