ひとりぼっちの夜は、君と明日を探しにいく
「つまり記憶喪失ってこと?」
「うん。まあ。頭を強く打ったり事故に遭ったわけじゃなさそうなんだけど気づいたら本当になにも思い出せなくて」
私に気を遣ってるのか暗い雰囲気にするのが苦手なのか、詩月は口元を緩ませながら話している。そのせいで現実味がないというか、その大変さがいまいち伝わってこない。
「ぜんぜん深刻そうには見えないんだけど……」
「いや、深刻だよ!幼少の思い出も今までいた友達のことも家族のことすらなにも分からないんだよ?」
〝家族〟という言葉に私はピクリと反応してしまった。
「分からないって……じゃ、いま家族は?」
「母方のばあちゃんだけ。でもいくら聞いても教えてくれなかったし、そのばあちゃんも先月から認知症で今は施設にいて。俺のこともうろ覚えになっちゃったからもう頼みの綱がなにもないって感じ」
詩月は少し寂しそうな顔をしたあとに「俺は俺のことがどうしても知りたい。だから力を貸してほしい」と強い目で私を見た。
どうやら詩月の話は本当らしい。
詩月の記憶がないことも、困っていることも理解はした。でも簡単に頷くことはどうしてもできない。
私はもうこの力に振り回されるのはこりごりだ。それに他人の気持ちを探ることは簡単ではない。
自分が経験した出来事じゃないのに、それに反映して気持ちが浮き沈みしてしまうし憎悪や妬みなどの嫌な感情はずっと心に残ってしまう。
私だって、できることなら良いことばかりを読み取れたらいいのにって思うよ。
そしたらこの力も少しはマシなものになるのにって。