君が思い出になる前に…
ふと気が付くと、周りにはクラスの連中の、あ然とした眼差し…。
「あっ、どうも…。お騒がせしました」そう言いながら、絵美の手を掴み、囲まれた輪から逃げだした。

「廊下を走るな!」と、背中で誰かの声。
お構いなしにおれと絵美は手を繋いだまま走っていった。
着いた先は、中庭の噴水のある池の端。「はぁ、はぁ、びっくりしたねぇ」
と、息を切らしながら絵美。
「びっくりしたよ。みんな見てるんだもの」
また顔を見合わせ、笑い出してしまった。
幸せを感じていた。

放課後。
いつものように部活動を終わると、絵美が迎えにきてくれた。
「おまえら最近、特に仲良くねぇかぁ?」
絵美の姿を見て、智也が言った。
「え?そうか?気のせい、気のせい」
ごまかした。
智也も昔、絵美に告白したひとり。
変にひがまれるのが嫌だったから、またその場から、絵美の手を取り校舎の中をダッシュした。
「こら!廊下を走るなって!」
岡本先生だ!
さすがに今度はピタッと止まって、そこからは、二人で早足で歩いていった。
顔を見合わせて、またクスクスと笑ってしまった。

「祐ちゃん、明るくなった!」
絵美が嬉しそうに言った。
「そうかぁ?絵美だって!あ、そう言えば、昨日泣いてたの誰だっけ?」
「誰?誰?知らないよぉ」
絵美がとぼけた。
「それより、血相変えて家にきた人、誰だっけ?」
「さぁ~?」
おれもとぼけてやった。
今までモヤモヤしていた胸の支えが一遍に吹き飛んだ感じがした。
きっと絵美もそうなんだろうな。
こんなに笑ったのは久しぶりだ。
もう元の世界の事を考えるのは、よそうと思った。

だけど、紀子の事。絵美に話さなければ…。

< 105 / 200 >

この作品をシェア

pagetop