君が思い出になる前に…
絵美は本当は、留学してたんだ…。
それをおれがまた覆したって事か…。
「そ、そうなる…、ね…」
「元宮君と杉下さん、凄くお似合いだと思う…。あたしには…、あたしには入り込めない…」
水平線をぼんやり見つめながら、紀子が言った。
「え?何?どういう事?」
意味が飲み込めない。
「あたしね、この何日かで未来の記憶が薄れてきてるの…」「え?」
更にわからない事を言う紀子。
「先週、元宮君に未来に帰りたくないって言ったでしょ?」「うん」
「その晩から、色々思い出していたんだけど、頭に浮かんでこなくなってきているの…。たとえば、前に勤めていた会社の担当部署とか、上司の名前とか…。仕事の内容もはっきり思い出せなくなってるの…」
「えぇ?そんな事、一年ぐらいで忘れるもんじゃないよね、普通…」
「うん、でもね、忘れてきてるんじゃなくって、記憶が無くなってきてるって感じがするの…」
「どういう事?」
「家の庭先にあじさいの花があるの」
「あじさい?」
今、それとこれ、どういう関係あるの?って言いそうになった。
「知ってる?あじさいの花って、散る間際には色が抜け落ちて白くなるの…」
「あ、うん」
「それとおんなじなの、今のあたし…」「え?」
「ちゃんとあった記憶が、白く色抜けしていってるの…」
「…」
おれは黙ってしまった。
「それでね、記憶にまだ残っているうちに、あなたに聞いて欲しかった事があるの…」
改めておれを見つめる紀子。
なにか意を決したって感じがする。
「な、なに?」
「この前、話さなかった事あったでしょ?後で必ず話すって言って…」
「うん。覚えてる」「実はね、この世界に来る三カ月前にあたし、プロポーズされたって言ったでしょ?」
「うん…」
「あれね、実は…、あなたなの」
うつむいて紀子が言った。
「えっ?お、おれ!?」
度肝を抜かれた。
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