君が思い出になる前に…
「うん。高校、大学って、一緒だった。そして、会社も…。だけど、あなたはずっと友達のまんまだった。気が付いたら来年は30歳になるって時に、突然プロポーズされたの…。あたし嬉しくって嬉しくって、思わずあなたに抱きついて泣いちゃった。だってあなたの事、ずっと好きだったから…。中学の時からずっと…。でもあなたはそれまであたしの事をそんな風に見てくれた事なんて一度もなかったのよ。いつもそばにいたのに…。辛かった、ずっと。あたしから打ち明けた事が一回だけあったの。中学二年の時。でもその時あなたは、笑ってごまかした。いつもそう。肝心な時には笑ってごまかしてた。でも、29歳のあたしの誕生日、三月十日にあなたは指輪をプレゼントしてくれた。そして結婚しようって言ってくれたの…。涙が止まらなかった。だって15年よ、ずっとそばにいた、あなたの事だけ見てきたんだもの…。本当に嬉しかった…」

言葉が何も出なかった。
何をどう言えばいいのか、検討もつかない。
「あ、誤解しないで…。これはあたしの世界の記憶だから。あなたの世界とは全然違うんだから。あなたはあたしの知ってるあなたじゃない…。ちゃんとわかってる。だから、別の人の話しだって思って聞いてね」
そんなの無理だよ…。
紀子はそんな切り替えできるの?
おれには…、出来ないよ。
確かに高校も違うし、大学だって行ってない。ましてや大手商社なんか入れるはずもない。
でも紀子のいた未来には、おれがいたんだろ?
婚約者がおれだったなんて…。

「あたし、もうすぐ元の世界の記憶、無くなると思う。なぜだか分からないけど、実際に遠い時間から所々消えて行ってるの…。それが全部無くなった時に、この世界の人間になるのか、それともまた違う世界に飛んでしまうのか分からないけど。あたしの辿って行く未来はここじゃないみたい。もっと違うところにあるんじゃないかな…」
紀子が悲しそうな顔をして言った。

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