君が思い出になる前に…
「じゃあ、おれはスーパーで働く事が間違ってたって事?」「だから、それはあたしの未来の話しで、あなたの未来とは別なのよ。あなたと交わる道はないの…、最初から。あなたには、あなたの問題がきっとあるんだと思う…」
「そっか…」
納得できないけど、わからない事もなかった。過去からすでに、ここにいる紀子とは違ってるんだから…。
「あたし、もう決めたの。この世界でやり直すって。この先どうなるか、楽しみじゃない?」
「そっかぁ…。もう前の世界に戻る事はあきらめるって事なんだね」
「うん。これ以上悩んでいても、前に進めないでしょ?未来の記憶も無くなってきてる事だし…。ちょうどいい機会なんじゃないかな…」
ひとしずく頬を伝った涙を拭いながら、紀子が言った。
「…」
何も言ってあげられなかった。

「あのね、最後にお願いしてもいいかなぁ?」
唐突に紀子が言った。
「最後?どういう事?」
「きっとこの先、あなたにプロポーズされた事も忘れてしまうと思う…。15年間あなたを思い続けた事も…。この世界で生きていくなら、明日からはもう、あなたへの想いを裁ち切りたいの…。杉下さんとの事も受け入れて、あたしはあたしの未来を探すわ。だから…、だから最後に一度だけ…、手を繋いで歩いて欲しいの…。あの灯台まででいいから…」
紀子は灯台を指差し、寂しそうに言った。
「それだけ、…で、いいの?」
紀子は無言でうなずいた。
なにもしてやれない自分が歯がゆかった。
こんなに悲しい目をした紀子は今まで見た事がない。
辛い気持ちが伝わってくる。どうしてやる事もできない、無力な自分も悲しくなってきた。

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