君が思い出になる前に…
ぬくもり
 この世界から、いなくなった訳じゃないのに。
明日はまた、笑顔で会えるのに、無性に悲しかった。

水平線に太陽が沈むまで、その場所から一歩も動けないでいた。

おれが紀子の婚約者だったなんて…。
15年もの長い間、紀子に慕われていたなんて…。
ズレた世界の先で、起きてた事実…。
おれとは、無関係な世界の事なのに、単純に割り切る事などできやしない。
なんでこんな世界が存在するんだろう。なんの為に…。

いずれおれの記憶も、あじさいの花のように色あせていくんだろうか…。


辺りはすっかり暗くなっていた。
帰り道の自転車はやけに重く感じた。
まぶたが少しベタベタするのがわかった。頬も汚れているかもしれない。
すれ違う街の人並みに顔を見られないよう、ずっと下を向いたまま、自転車をこいでいた。

「ただいま…」
完全に覇気のない声…。自分でさえ分かる。
すると、
「お帰り~」
逆に明るい声が重なって聞こえてきた。「あ、絵美!」
居間からひょっこり顔を出した絵美。
「どうしたの?」
絵美が家に来ている事に驚いてしまった。
「お邪魔してま~す」
笑顔で迎える絵美。「遅いぞぉー!」
絵美の後ろから強烈な姉さんの声。
「ご、ごめん…」
返事のしようがない…。
まずいなぁ…。きっとおれの目、腫れぼったくなってるんだろうな…。
なんて言ってごまかそう…。
「あれ?どこ行くの?」
居間のテーブルについている絵美が、うつむいたまま、廊下を通り過ぎようとしているおれに尋ねた。
「あ、ちょっと部屋に…」
コソコソと、自分の部屋に向かった。
姉さんと絵美は互いに顔を見合わせた。
「なんか祐の様子、おかしくない?絵美ちゃん、ちょっと見てきてくれる?」
姉さんが言った。
「あ、はい…」
と、うなずく絵美。
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