君が思い出になる前に…
「交通事故?」
「うん、朝、通勤途中におれの車とタクシーが衝突したって…」
「それで?」
「杉下はその数時間後には、この世界に戻ってこれた。おれたちのタイムスリップとは様子が違うみたいなんだ…」
「どういう事?」
「おれ、夕べ思ったんだ。杉下のタイムスリップは、啓示なんじゃないかって…」
「啓示?」
「うん。おれたちが飛ばされてきた原因を教える為に…。それでおれ、気づいた事があるんだ。おれと加賀の過去の記憶が違う、未来もそれぞれ違ってたよね」そこまで話すと紀子が一度うなずいた。「パラレルワールドは、過去にも未来にもある。そしてその世界の数だけ自分も存在するって…、それは前にも話したよね」
紀子はまた黙ってうなづく。
「最初にこの事、加賀に話した時におれ言ったと思うんだけど」
「なにを?」
「なにかこうなった原因があるはずだって。それさえ解れば元の世界に戻れるかもって」
「うん。言ってたね。でも、それをあたしは拒んだ。今のこの生活が好きだから、戻りたくないって…」
またぶり返して話させてしまった。
辛い顔をする紀子。「ご、ごめん…。忘れようとしてるんだよね…」
「大丈夫…。続けて」
うつむいたまま紀子が言った。
「こうなった原因はおれたちには無かったんだよ。おれ、自分に原因があるとずっと思ってた。だけど、無数にいるおれは、その中のひとりっていうだけなんだよ。つまり、おれたちが原因で飛ばされたんじゃなく、ほかに原因のある自分に飛ばされたって事なんだ。わかる?」
「原因はあたしたちにはないって事?」「そぉ、おそらく杉下の見てきた未来と関係あるんじゃないかと思ったんだ。おれの場合ね。だから加賀もそうなんじゃないかと…。別の世界の加賀に押し出された、原因は加賀には無いんじゃないかって、そう思う…」「あたしも思った。だってあたしには一切心当たりがないんだもの…。一年経ってもまだわからないし」
< 131 / 200 >

この作品をシェア

pagetop