君が思い出になる前に…
「すべて父が存在してるお陰なんだよね…。本当の世界っていうか、前の世界では父が死んだあと、母も兄も凄い苦労したの…。母は朝から晩まで働きづめで、兄は高校を卒業するとすぐ就職して家計を助けてくれた。そして、あたしを大学まで行かせてくれて…」
紀子は涙で言葉が詰まった。
「今は幸せ…、なんだね?」
と、紀子に聞いた。
彼女は小さくうなずいた。
「そっか…。じゃ、おれはこれで…。また明日ね」
そう言って手を振った。
「うん、今日は本当にありがとう…」
涙を拭いながら紀子も明るく手を振ってくれた。

『今は幸せ?』って質問に紀子がうなずいた気持ちがわかった気がする。
亡くなったはずのお父さんが生きていて大出世した。そして今は社長令嬢に…。
多分、彼女は元の世界に戻りたいとは思わないかもしれない…。
それは自分の立場ではなく、お母さんやお兄さんの事を考えての事なんだろう。
自分が同じ立場だったら、やっぱりそう思うだろうな。


家に帰ると母さんと姉さんは、もう夕飯を食べていた。
「おかえりぃ」
口をもごもごさせて、若い母さんが言った。
「あんた、なかなかやるねぇ。あんな可愛い子、連れてきてぇ」
ニヤッと笑って姉さんが言った。
もっと馴染めない姉。
けど間違いなく母と親子ってのは納得できる。顔の部品も、スレンダーな体型もそっくり。瓜ふたつってこういう事なんだ。
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