君が思い出になる前に…
本当に母さんは病院の院長をしているんだ…。
元の世界では洋服屋で洋裁の先生。
このギャップはなんだろ?
切ったり縫ったりするのは同じか?
まさかね、そんなアバウトな考えはよくないよなぁ。
なんかおかしくて笑ってしまいそうになった。
「そう言えば祐作、ここにくるの初めてだよね?」
「ん、うん…」
前の祐作もきたことなかったのか…。
「どうよ!」
なんか自慢げな言い方をしてる。
腰に手を当てて、心持ちふんぞり返っているようにも見える。
「どうって?」
関心の無いふりをした。
「この病院よ。どう思うって事!」
なんて言ったらいいの?
「ん~、凄いなぁ、とか?」
答えに迷うような質問するなよ…。
「とかってなによ。とかって…。ここはね、いずれ恭子とあんたに継いでもらうんだからね」
おれが?継ぐ?
あぁ~、姉さんが医者で、おれは理事長とか?
おいおい、本当かよ…。
「だから姉さんを見習って、あんたもしっかり勉強するんだよ!」
お説教ですか、やぶ蛇だよ。
「わ、わかってますよ」
少しぶっきらぼうに言ってやった。
「もう帰るけど、祐作は?」
「おれも帰るよ。もちろん…別に用があって寄った訳じゃないし」
「あら、そう。車に乗ってく?」
「あ~、自転車だから。いい」
「どっか行ってきたの?」
「うん、ちょっとね…。じゃ、先に帰ってるよ」
そう言って今きた廊下を戻った。
「気をつけて帰るんだよ~」
母さんが背中に言った。
おれは無言で手だけ振った。
スーパーのバイヤーが病院の理事長…?そんなの有り得ない…。
洋服屋の母さんが病院長…。
まったく想像つかない世界だ…。
でも、夢じゃなく、ここに存在している。それは紛れもない事実なんだ。

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