こじらせカップルに愛の手を

その夜、『セザキ』の契約成立を機に、急遽飲み会が開かれた。

同僚たちが次々とお酒を注ぎにやってくる中、加藤と山下だけは隅の席でふたりだけの世界を作っていた。

それが視界に入る度に、胸が締め付けられるように痛んだ。

どう見ても、彼女が好きなのは山下だ。

彼女の幸せを思うなら、俺はそろそろ身を引くべきなのだろう。

とはいえ、七年間の思いをそう簡単に諦めることなどできるのだろうか。

俺はそんなことを頭の中でグルグルと考えていた。

──

九時で会はお開きとなり、飲みなおしに行く元気な若手以外はゾロゾロと駅に向かった。

『あの。佐伯さん』

突然、隣を歩いていた橋口が足を止めた。

「どうした?」

「はい…。実は今から私と来て欲しい所があるんです」

「え? どこに?」

彼女との食事は接待の日までという約束だ。
戸惑いながら橋口を見ると、彼女は俺の腕を掴みながら瞳をウルウルと潤ませていた。

「佐伯さん…。私…。本当は『セザキ』のから誘われてるんです。今夜、『ミラーナホテル東京』に行かないと契約を取り消されてしまうかもしれません。でも、だからって、私、体までは無理です。佐伯さん、助けて下さい』

『橋口…』

まさか、あの専務がそんなことを?
半信半疑だったけれど、橋口が言うのだからきっとそうなのだろう。

『分かった。俺が話をつけるよ。『ミラーナホテル東京』だよな?」

『はい。専務の名前で部屋を予約してあるそうで、キーを受け取って先に待っているようにと』

『じゃあ、部屋で待ち伏せするか』

『すみません。お願いします』

橋口はホッとした表情を浮かべた。


こうして、急遽、俺は橋口と共にミラーナホテルへと向かうことになった。

しかし、11時を過ぎても、何故か専務は姿を現さなかった。

「遅いな。ルームナンバーって知らせてあるんだよね?」

部屋のベッドに腰掛けながら橋口に尋ねると、彼女はソファーから立ち上がり、首を左右に振った。

「え?」

「全部嘘です。専務なんて来ません」

「嘘って……。一体どういうこと?」

「好きなんです。佐伯さんのこと…」

眉を顰めた俺に、橋口は告白してきた。

「え…」

橋口は固まる俺のもとへ、ゆっくりと近づいてきた。

「気づいてなかったんですか? 佐伯さん」

「いや……。ごめん」

たしかに、今思えば、思いあたる節もなくはなかったけれど。ここのところずっと加藤のことで必死だったから、そこまで気が回らなかった。

「私とつき合って下さい。佐伯さん」

彼女はベッドの前まで来ると、俺の目をまっすぐに見つめた。その目は、その言葉が本気だと物語っていた。

「ごめんな、橋口。気持ちは嬉しいけと、俺が加藤のこと好きなの知ってるだろ?」

「でも、加藤さんは佐伯さんのことなんて好きじやないですよ。彼女が好きなのは山下くんですから」

胸がズキンと痛んだ。改めて人から言われると結構傷つくのだ。

「だからって、橋口の気持ちには応えられない。ごめんな」

彼女の目を見てキッパリと断ると、彼女は『嫌です』と首を横に振って、力いっぱい抱きついてきた。

俺はそのまま反動で押し倒された。

「私のこと好きじゃなくてもいいですから…。加藤さんの身代わりでもいいですから」

彼女はポタポタと涙を落とながら、切なげに呟いた。

「橋口」

一歩通行の思いに苦しむその姿は、まるで今の自分自身を見ているようだった。

「お願いですから……私を拒まないで」

橋口はすがるような目で俺を見つめながら、ゆっくりと顔を近づけてきた。


< 25 / 33 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop