こじらせカップルに愛の手を
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こうして私達は、本当に色んな事をすっ飛ばして、晴れて夫婦となった訳だけれど…。
会社でこのことを知っているのは、まだごく一部の人間しかいない。
人事部長と山下くんだけだ。
私が旧姓のまま仕事を続けているせいもあるのだけれど、一番の原因は、私たちが報告するタイミングを失ってしまったからだ。
実は入籍した翌日のこと。
私は人事部長に呼ばれて、正式に『副リーダー』という役職を与えられた。
どうも佐伯が裏で動いていてくれたようで、何故かアシスト賞という賞まで贈られて、その夜、チームのみんながお祝いの会を開いてくれた。
ちょうど絶好のタイミングだったから、そこで入籍のことをちゃんと発表する筈だったのに。
誰かがこんな事を言ったのだ。
『二人って、実はできてたりするんじゃないですか~? あんなに息ピッタリの夫婦漫才なんて、そうそうできないですよ~』と
だから、つい…。
『まさか~、私と佐伯なんて地球がひっくり返ってもないから。こんなの、ぜんっぜん、タイプじゃないしね』
なんて、いつもの癖で、そんなことを言ってしまった。
ハッとした時は遅かった。
『あーそうかよ。こっちだって、こんな男勝りのアラサー女、例え無人島で二人きりになったって手ださねえわ』
と、郁斗まで。
ケラケラ笑う皆なを前に、もう引っ込みもつかなくなってしまった。
だから、一ヶ月が経った今でも…。
「おい、加藤! 見苦しいから胸のボタンとめとけよ。誰もおまえに色気なんか求めてねーから」
「何よ、ただとめ忘れてただけでしょ! こっちだって、あんたにだけは頼まれたって見せないわよ」
と、まあ、こんな感じで、未だにいがみ合う同期を演じているのだ。
でも、帰って来てで二人きりになれば、
「美海。今日はごめんな。でも、他の奴に見られるといけないから、ちゃんとボタンは閉じておこうな。見ていいのは俺だけだからな」
なんて言いながら、郁斗は私を抱きしめてきて、
「分かってるよ。教えてくれてありがとね」
と、家では私も郁斗の胸に甘えてたりする。
こんな現状を一華たちは呆れているけれど、当分の間は、このままでいくつもりだ。
「そう言えばさ…。さっき、美海の実家から荷物が届いてたよな? 中身は何だったの?」
「あ~あれはね…例の」
口ごもる私に郁斗が耳元で呟いた。
「うなぎか?」
コクリと頷くと、郁斗がプッと吹き出した。
「そのうち、マムシドリンクとか送ってきそうだな」
「なんかごめん…。露骨な親で」
「ハハ…じゃあ、今夜もがんばらないとな」
郁斗は私を抱きしめながら、優しく微笑んだのだった。
[完]