こじらせカップルに愛の手を
そして、月曜日の朝が訪れた。
会社のエレベーターに乗っていると、奥の方から佐伯の話し声が聞こえてきた。
「おはよ」
「おはようございます。佐伯さん、今日はいつもよりゆっくりですね」
「そうそう、ちょっと寝坊。今日はリーダー会議あるのにな。やっちったよ」
クスクスと笑う男女の声。
相手の子は、恐らく同じチームの橋口さん。
大きなエレベーターだし、混んでいるから私には気づいてないようだ。
「あっ、佐伯さん。ネクタイ曲がってますよ。ちょっといいですか?」
橋口さんは入社三年目の後輩で、たぶん佐伯のことが好きだ。
「おー、サンキュ」
「いいえ」
ふと見上げると、ドアの上にある鏡の中に、佐伯のデレた顔が映っていた。
何よ、あれ。
若い子に鼻の下なんか伸ばしちゃって。
いい歳してカッコ悪い。
心の中で佐伯を思いきりディスりながら、私は足早にエレベーターを降りた。
「加藤さん、おはようございます」
オフィスへと廊下を歩き出すと、後輩の山下くんに声をかけられた。
彼はつい最近、橋口さんと共にうちのチームに配属された入社二年目のイケメン君だ。
「あ、おはよう。山下くん」
「加藤さん、さっきエレベーターで怖い顔してましたね」
クスッと笑われた。
「え? うそ。そんなつもりはなかったんだけどな」
確かに佐伯にイラッとはしてたけど、私ってそんなに怖い顔してたのかな?
気持ちが顔に出てしまうなんて気をつけなければ。
「加藤さんは笑ってる顔のが可愛いですよ」
山下くんがドッキとするような笑顔で言った。
「ハハ。やめてよ。こんなおばさん捕まえて」
「いえいえ。加藤さんは童顔だから俺とタメくらいに見えますし」
「え、も~。そんなこと言ったって何もでませんよ」
まあ、社交辞令でも、ちょっと嬉しいかも。
「あっ、そう言えば、うちって、今度、あのスポーツブランドの『セザキ』とコラボ商品作るんですってね」
凄いですよねと山下くんが目を輝かせた。
「あー うん。でも、まだ、どうなるか分からないんだよね。とりあえず、金曜日にセザキのお偉方を料亭に連れて行くことになってるんだけどね。 そこで上手く話がまとまるかどうか」
「それ、加藤さんも行くんですか?」
「うん。社運がかかってるからね」
なんて、ちょっと後輩の前で格好つけちゃったけど、精一杯頑張るつもりだ。
「頑張ってきて下さいね」
山下くんがにっこりと笑った。
うわ~。なんて素直で可愛いいんだろうか
って、イケナイ、イケナイ。
そんな目で後輩を見たら、佐伯と同類だ。
自分に軽くカツを入れながら、私は朝の廊下を歩いたのだった。