彼がメガネを外したら…。
絵里花は、もう史明に近づけなかった。
一生懸命に説明をしている史明と、彼を取り囲んで彼の話に真剣に聞き入る他の研究者たち。その光景をしばらく見守った後、絵里花はパソコンや資料を抱えてそっと控室へと戻った。
研究発表は思った通りに成功し、学会の反応も評価も良好なものだった。これで史明の前には明るく見通しのいい道が開け、国立の古文書館へ行く話も進むことだろう。
喜ばなければならないことなのに、絵里花の心はやっぱりどうしようもなく切なくなる。
史明の成功を心の底から素直に喜べないのは、史明への裏切りなのかもしれない。こんな自分は、史明の側にいる資格なんてないのかもしれない……。
そんなことを思い詰めていると、絵里花の目にはまた涙が浮かんでくる。でも、唇を噛んで、それ以上泣いてしまうのを、控室の片隅で必死で堪えた。
その時、控室へ史明が戻ってきた。もう既に、分厚いレンズのメガネをかけている普段の史明に戻ってしまっている。
「午後の部が始まって、やっと解放されたよ」
という語調は、疲れているというよりも、とても充実したひと時だったことを窺わせた。
初めは乗り気ではなかったこの発表を、見事成し遂げられた史明からは、何かを乗り越えられたような自信が感じられた。