彼がメガネを外したら…。
「腰を据えて、じっくり話が聞きたいですね。ここじゃ落ち着いて話せないから、上の階のラウンジにでも行きましょうか?」
「あ……、はい」
返事をするとき、絵里花は少し戸惑った。このままラウンジに行ってしまうと、史明とはぐれてしまうし、二次会にも連れて行ってもらえないかもしれない。
遠く離れた所で、依然として山川とやその他の研究者たちと歓談している史明の姿を確認する。敢てあの輪の中に入っていく勇気は、絵里花にはなかった。それに声をかけて、史明に〝煩わしい〟と思われたくなかった。
「それじゃ、グラスを……」
濱田を手を差し出して、絵里花の手にあった空のグラスを取ってくれ、それと自分の分のグラスとをウエイターへと戻しに行った。
その間を見計らって、絵里花はスマホを取り出して、史明へとメールを打つ。
『文化庁の濱田さんという方が、古庄家文書のことを詳しく聞きたいとのことなので、上の階のラウンジで話をしています。』
絵里花が送信ボタンをタップした時、
「お待たせしました。行きましょうか?」
濱田から声をかけられた。
絵里花はお得意のにこやかな笑顔で応え、チラリと視界の端で史明を捉えながら大広間を後にした。