彼がメガネを外したら…。
二人で刻む歴史
一度決心を固めたのなら、それを鈍らないようにしておかなければならない――。
眠れなかった絵里花は、次の日の朝早くにホテルを発った。昨日までは、あわよくば史明と一緒に帰れるかも……と期待していた。けれども、昨日の今日で気まずさもあるし、この期に及んで想いが募るようなことはしたくなかった。
早朝の暗い空から、冷たい雨がしとしとと降りしきっていた。駅までの道を絵里花は傘をさして歩きながら、雨に閉ざされた目に見える景色のすべてが、まるで自分の心を映しているようだと思った。
昨夜、史明が何時に戻ってきたのかは知らない。昔の仲間達と積もる話をして、史明の門出を祝してもらって、きっと遅くなったのだろう。
雨粒の付いた新幹線の窓越しに広がる風景をぼんやりと眺めながら、絵里花も明るく笑って史明を送り出したいと思った。酔いつぶれた自分を運んでくれたお礼をきちんと言って、心からの餞の言葉を贈りたかった。
そうすればきっと、自分の中に宿ったこの恋を昇華させることができる。史明のために一生懸命に頑張れた時間を、〝良い思い出〟にするために。この切ない想いも、自分を輝かせる糧とできるように。
それが絵里花の信条であり、生き方だった。今までもそうやって、今できることの最善を尽くして自分を高めてきた。