彼がメガネを外したら…。
「はい。その方が、学会での反響も大きいと思ったので……」
館長は驚いて丸くした目をすぐに細めて、絵里花に笑いかけてくれた。
「そうか、策士は君だったか……。岩城くんも、今回の発表がうまくいったのは、君の手助けがあったからだって言ってたよ。おかげで予定通り、岩城くんは来月付で異動になるよ。この史料館も、岩城くんのような優秀な研究者を失うことは痛手ではあるけれど、これで岩城くんもようやく能力に見合った場所で研究ができる。僕からもお礼を言うよ。ありがとう!」
館長はそう言って、絵里花の頑張りをねぎらってくれた。絵里花は恥ずかしそうに綺麗な笑顔を見せたけれど、その胸は張り裂けそうだった。
覚悟はしていたけれど、迫ってくる〝別れ〟がこんなにも辛いなんて……。まるで自分の体の一部が、切り裂かれていくような感覚だった。
〝この時〟が来ても取り乱さないように、史明への想いは自分の中できちんと整理して、もう諦めるつもりだった。
遠く離れてしまえば、もう会うこともない人。そうなれば、ただの思い出として少しの感慨を伴って、絵里花の記憶の中で生き続けるだけだと、思おうとしていた。
だけど、やっぱり……、そんなふうに割り切れない。こんなにも深く深く史明のことを愛していたなんて……。絵里花自身も改めて気づかされた。