彼がメガネを外したら…。
――岩城さんが出勤してくるまでに、なんとか気持ちを落ち着けなきゃ……。
絵里花はそう思いながら深く息を吸い、そして長く吐き出した。それを何度か繰り返し、涙が落ち着いた時、収蔵庫の扉が開く音がした。
足音で史明だということは、絵里花にはすぐに分かる。
目や頬の涙の形跡を指先で擦って消して、意を決してコンテナを手に作業台へと戻ると、そこにいたのは——。
見慣れた瓶底メガネ。剃られていないヒゲ、起きたままの寝ぐせのついた髪の毛。ヨレヨレのシャツとスボン。学会の時とは打って変わって、いつもと変わらないダサくて冴えない史明だった。
「おはようございます」
絵里花は、浮つかず沈み込みすぎない、できるだけ普通の声で挨拶をした。
史明はチラリと絵里花の様子を確かめて、軽くため息のような息をつき、
「おはよう」
と、普段と変わりなく返してくれた。
今日からまた、目録を作るための作業を再開することになる。絵里花がコンテナから古文書を一通取り出して開いてみようとしていた時、史明から話しかけられた。
「昨日は早くホテルを発ったようだったけど、体の方は大丈夫なのか?」
史明の言葉に、絵里花の胸がキュンと痛いくらいに反応した。諦めようとしているのに、こんな思いやりをかけられると、泣きそうになってしまう。