彼がメガネを外したら…。
絵里花は鉛筆を握る手に力を入れて、乱れそうになった感情を押し込めた。
「はい。お気遣いありがとうございます」
頷くように頭を下げて、絵里花は唇を噛む。それから思い切って、言葉を続けた。
「懇親会の時は、岩城さんにはご迷惑をおかけしました。助けていただいたのに、私、お礼どころか、失礼なこと言ってしまって……、申し訳ありません」
本当なら、史明が気遣ってくれるよりも先に、言わなければならない言葉だった。
「いや、気にしなくていい」
史明はその後何かを言おうとしたけれど言葉にならず、息を抜いて、持ってきた史料を確認し始めた。
「岩城さんは、これからも磐牟礼城や古庄家文書のことを研究するんですか?それとも、他のことを?」
もう史明を手伝う名分はなくなってしまったけれど、もし古庄家文書を扱うのならば、遠く離れてしまっても繋がっていられるかもしれない。
諦めると決めているのに、絵里花にはまだ些細なことにでも縋りたいと思う未練があった。
「うん。今回の研究をまとめたものをこの史料館の紀要に掲載する予定だから、もうしばらくは古庄家文書と付き合うことになるだろうな」
「そうですか……」
史明が東京へ行っても、絵里花が古庄家文書に携わっていれば、連絡を取り合ったり、何かしらの接点が持てるかもしれない。