彼がメガネを外したら…。
「……やっぱり、ダメだ。これじゃ学会には間に合わない。……もう、諦めよう」
一生懸命、古文書の選別作業をしていた絵里花が、驚いた顔をして、史明の暗い顔を見つめた。
「だって、まだ文書のすべてに目を通せてないし、それを解読して、読み下して……それからやっと研究段階だ。満足のいく研究をするには、時間がなさ過ぎるよ」
そんな史明を見つめる絵里花の視線が、厳しいものに変化する。
これが史明のいちばんダメなところ。見た目のダサさやだらしなさは問題ではない。この自分の素晴らしいところを世の中にアピールする〝欲〟に欠けているのが、史明のいちばんの弱さだった。
「こんなチャンス滅多にないのに、どうしてそんな簡単に諦めてしまうんですか?」
「簡単に言ってるんじゃない。現実問題だ。学会の事務局から、発表のタイトルを教えてほしいって催促がきてるのに、まだかたちにもなってない。きちんと研究して結論を出さないと、学会で発表はできないよ」
淡々と現状を語る史明の言葉を、絵里花はただ黙ってじっと聞いていたが、にわかに目をしかめて史明を鋭い視線で見据えると、決意の表れた声で宣言した。
「私は、諦めたりなんかしません!」
その強い態度に、史明は思わずたじろいでしまったが、苦い顔をしてため息をついた。