彼がメガネを外したら…。


それでも、史明のこの研究は、本業とする仕事ではない。限られた職員の中で史料館を運営していくために、〝研究員〟とはいえ学芸員としての仕事もこなしていかなければならなかった。秋の特別展に向けての準備も同時に行わねばならず、展示資料の収集のために出張することも度々だった。


そんな時は、絵里花は独りで作業に励んだ。
寂しさもあるけれど、史明がいなくて少しだけホッとしていた。

あの言い合いをしてしまった日から、以前とはまた違った意味で関係がギクシャクして、会話という会話が成り立たなかった。一緒にいられるかけがえのない時間なのに、二人きりでいるのが居心地悪かった。


この作業を成し遂げたからといって、史明が絵里花の想いに気づいてくれて、同じ想いを返してくれるわけではない。想いが通じるどころか、史明の研究が評価されれば、彼は絵里花から遠く離れた場所に行ってしまう……。


それでも……、〝見た目〟くらいしか自慢することがなかったこんな自分でも、史明のために役に立てていることが嬉しかった。
古文書に書かれた崩し字をこうやって一字一字解読した女のことを、史明は遠くに行っても覚えていてくれるかもしれない……。


< 21 / 164 >

この作品をシェア

pagetop