彼がメガネを外したら…。
軽く息をついて、絵里花も史明と向かい合うようにテーブルに着く。今日もまた単調な作業の繰り返しが待っている。
今、作業にあたっているのは、数ヶ月ほど前に史明が持ち込んできた史料だ。中世から続く旧家の家屋が移築されることになり、それに伴う調査の際に史明が発見したものだった。
史明が見つけて、史明が持ち込んだ史料だからか、史明は本来絵里花がやるべき分類作業を手伝ってくれていた。というよりも、史明自身がこの作業に、朝も夕もなく没頭していた。
無言での作業が続く途中で、ふいに史明が口を開く。
「……このニオイは、君の香水か?」
絵里花は古文書から目をあげて、向かいに座る史明に視線を定める。
珍しく興味を持ってくれたのか…と、絵里花の胸が急にドキドキと鼓動を打ち始める。
「そんな異臭を放たれると、文書にニオイが付くじゃないか。非常識だな」
「……」
絵里花は言葉も返せず、その目つきが険しくなる。
――アンタの、その風呂に入ってないニオイこそ異臭でしょうがっ!!
と、心の中で思ったが、口に出して言えるはずがない。ましてや、この異様なニオイに慣れてしまって、何も感じられなくなりつつある自分がコワイ……。