彼がメガネを外したら…。
史明と二人きりでいられるのならば、遭難しても、どんなに辛いことがあっても構わなかった。一緒にいられるのならば、この鬱蒼とした山の中でも怖くない。ずっとこのまま、時が止まってくれたらいいのに……とさえ思った。
「だけど…?なんだ?」
と、言葉を潰えさせた絵里花に、史明が問い返す。すると、
グルルルル……
史明の体から空腹を訴える音が響いた。思わず、絵里花は笑ってしまう。
「ほら、やっぱり。口でいろいろ言ってても、体は正直ですね。さあ、なんでも食べてください」
と言いながら、絵里花が箸を手渡すと、史明はきまり悪そうにそれを受け取った。
秋の爽やかな風が吹き渡る山頂で、二人でピクニック。……のような感じだけれど、二人の間には相変わらず会話というものが存在しない。
でも、初めは遠慮しがちだった史明の箸先が、次第に活発に動き始める。これは相当にお腹が空いていたらしい。
絵里花も食べながら、史明が食べる様子を時折窺った。料理は〝得意〟とは言い切れなかったが、何事にも全力を尽くして完璧を目指す絵里花の作ったものは、どれも手が込んでいた。
それを心得ているのかいないのか、史明は次々とその口に食べ物を放り込んだ。