彼がメガネを外したら…。
迷い道
名残りを惜しむように、曲輪のあった場所を後にして……、本来は楽なはずの下山が大変だった。
「……ぅうん……!」
不快そうな史明の声が聞こえて絵里花が様子を窺うと、史明の顔に垂れ下がった木の枝がぶつかっている。
メガネが壊れてしまった史明の視界は、1メートル程度しか利かないらしい。かと言って、メガネを目の前に掲げた状態でずっと山道を歩き続けるのは危険だった。
絵里花にとっては、ずっと史明の素顔が見られるのは嬉しいことだったが、史明にとっては不便極まりなかった。
絵里花は唇を噛んだ。
今自分の中にある一つの提案を、実行するか否か迷った。史明に拒否をされたら、やっぱり傷つくだろう。……だけど、史明が困っているのを見ていられなかった。
思い切って史明に歩み寄り、その手を取った。
史明の端正な顔に驚きの色が加わるのを見て、絵里花はその手を振り払われる前に、それを押し通すように力を込めた。
「そんな覚束ない足取りで歩いてたら、日が暮れてしまいます」
そう言って、自分のこの行為を正当化した。
史明の表情を確認する勇気はなかったが、史明は何も言わずおとなしく絵里花に手を曳かれて歩き始めてくれた。
意識をすると手が変に汗ばんでしまいそうなので、そうならないように絵里花は心がけたが、意識をしないなんて無理だった。