彼がメガネを外したら…。
また心臓が、ドキンドキンと大きな鼓動を打って反応し始める。メガネのない史明の顔を見てしまうのが、なんだか怖くて、振り返ることもできなかった。
二人は言葉もなく、どんどん山を下りていった。史明の方から、この手が離されてしまう気配もなく、軽く握り返されている……。絵里花は、この山道がずっと終わってくれなければいいのに…と思った。
その心を映したわけではないけれど、絵里花の足が、はたと止まった。
目の前に続いているのは、岩がゴツゴツとむき出しになった道。この山を登ってくるときには、こんな道を通って来た記憶がなかった。
「……道を間違えた……?」
それに気づいた絵里花は、焦り、青ざめた。史明の手を曳いて、先導をしていた自分のせいだと思った。
「そうだ……。スマホで今の位置を確認したら……!」
と、絵里花は史明の手を離し、スマホを取り出してマップ機能を表示させる。そして、愕然として、更に表情を青ざめさせた。
「ここじゃ、スマホはなんの役にも立たないだろう?」
絵里花はスマホの画面を見つめたまま、史明の言葉に何も反応できなかった。史明の言う通り、通信ができないこんな山の中では、地図で自分の居場所を確認することはできなかった。