彼がメガネを外したら…。
「君はいつも、きれいな空気みたいな匂いがする」
「きれいな空気って……?」
史明の言葉の意味か分からず、聞き返してみる。
以前、史明から香水のことを指摘されてから、絵里花は特に何も付けていない。だから、どんな匂いなのか分からなかった。
それとも、絵里花は〝空気みたいなもの〟という意味だろうか?悲しいことだが、史明に言われなくても、史明にとって自分はそんな存在だと、絵里花は自覚していた。
「君がいつも収蔵庫に入ってくると、空気が変わるんだ。空気清浄機みたいなものかな」
「……はぁ……」
けなされている訳ではないらしいが、〝空気清浄機〟という位置づけがいまいち理解できず、絵里花は歯切れの悪い相づちを打った。
「あの息苦しい収蔵庫に君がいてくれると、居心地が良くなる」
「………!!」
その言葉を聞いた瞬間、その言葉は弾丸のように絵里花の胸を貫いた。〝居心地が良い〟。たったその一言が、ものすごく嬉しくて……、絵里花は言葉をなくした。
涙が滲んで泣き出してしまいそうになるのを、史明の体重を支えながら唇を噛んで、必死に耐えた。