彼がメガネを外したら…。
「大学生の時の私は、現実がよく分かってなくて、気づいたときにはすっかり就職活動に出遅れてて……。これと言った技能を身に付けていたわけでもなく、それ以前に希望する職種や業種も絞りきれてなくて、当然就職活動は上手くいかず……。それで、見かねた教授が口利きしてくれて、史料館の嘱託職員にしてもらったんです」
絵里花の告白を聞いて、史明は言葉を逸して黙ってしまう。その沈黙が、絵里花には怖くてたまらない。
もうこれからは、〝歴史〟を介してさえ、史明と思いを通い合わせられなくなるかもしれない……と思った。
「『当時の彼氏』とは、今でも付き合ってるのか?」
そのとき不意に、史明から質問される。『彼氏』のことを持ち出されて、ドキンと絵里花の心臓が反応した。
「いいえ。もうとっくの昔に、フラれてしまいました」
特にこの点に関しては、強調しておきたいところだった。どんな意図があって、史明はそんなことを訊いてきたのだろう……。絵里花の胸が、にわかにざわめき始めた。
「たとえ別れてしまった人とはいえ……、その『彼氏』には感謝しなくちゃいけないな」
「……え?」
「君を、歴史の世界に引き入れてくれた。俺にとっては恩人のような存在だ。」
史明から思ってみなかった発想をされて、絵里花は息を呑んで目を見張った。