彼がメガネを外したら…。
でも、絵里花は、抱きしめてもらっていることを再認識してしまって、体が硬くなり、リラックスどころではなくなった。
「君も、凍えなくて済むだろう?」
問いかけられて、絵里花の緊張が微かに緩む。
「……はい」
絵里花に肯定されて史明は安心したのか、絵里花を抱きしめ直して息を抜いた。
「でも、言っておくが、俺は昨日も今日も風呂に入ってないからな?」
「……フフッ……」
絵里花は史明の懐で、笑いをこぼした。いつものことなのに、今日に限って変に気にする史明を可笑しいと思った。
「今日は私も入っていませんよ。お互い様ですね」
「いや、だから君は特段臭くはないけど?」
「……岩城さん。無精過ぎて、嗅覚が鈍ってるんじゃないですか?」
「な……!」
絵里花に言い込められて、史明は絶句した。それから、「アハハ…!」と朗らかな笑い声を立てて笑った。
絵里花にとって、そんな史明は初めてだった。こんな一面を見せてくれた嬉しさと相まって、絵里花からも自然と笑い声が湧き出てくる。
暗闇に閉ざされた静寂の中で、二人の明るい声が響き渡り、まるで暖かい灯りが点ったようだった。
ひとしきり笑った後に、史明が絵里花を再び抱きしめ直して、つぶやいた。