彼がメガネを外したら…。



「……ああ、君がいてくれてよかった……」


こんな暗闇の中でも孤独ではなく、笑いで痛みを忘れさせてくれ、寄り添って寒さを和らげてくれる……。絵里花のことを、ただそれだけの存在として捉えて、発せられた言葉だということは解っている。

だけど、その言葉は絵里花の心を貫いて、その体を震えさせた。


「震えてるぞ?君も寒いんだな?」


そう言いながら、史明は包み込む腕の輪を少し狭くして、絵里花を懐の深いところへ迎え入れた。

思ってもみなかった史明の逞しさと、思いもよらなかった史明の優しさ――。
絵里花はあまりの切なさにもう泣きそうになって、何も答えられなかった。


――私は、一生こうやってあなたの側にいたいんです……。


ただ、心の中でそう語りかけた。

愛の言葉なんて必要ない。ただこうやって、側にいられるだけでいい……。
胸が苦くなって、絵里花は息を止めて目をつぶった。泣きだしてしまわないように、必死で我慢をした。


その絵里花の耳に、史明の規則的な心臓の音が響いてくる。その音は絵里花の切ない鼓動と共鳴して、いつしか穏やかに落ち着かせてくれていた。

史明は痛みに耐え、寒さに凍えているのは分かっているのに、


――このまま時が止まればいいのに……。


そう思わずにはいられなかった。





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