彼がメガネを外したら…。



やはり疲労しているのだろう。すぐに息が上がる。だけど、絵里花は絶対に泣き言だけは言わないと心に決めていた。
痛みを抱えている史明の方が、ずっと辛いに決まっている。だけど、『痛い』なんて一言も言わずに、それに耐えている。


昇っていく朝日に背を向けて、とにかく西へ西へ。草木に憚れて、道とは思えないような道でも、二人はひたすらに進み続けた。


そして、太陽も中天に差し掛かったころ……、木々が途切れて突然視界が開けた。


「………!!」


絵里花はその光景を見て、息を呑み、言葉をなくした。

そこに広がっていたのは、山の合間の平地を埋め尽くすコスモス畑。
山間のこの場所では、少し季節が進んでいるのだろう。一足早く今を盛りに咲き誇っている。

山を出られた安堵感と、目の前に広がる圧倒的な景色に、絵里花は何も言葉もなく立ち尽くした。余りにも唐突なこの展開に、まるで夢でも見ているような感覚になる。


一方の史明は、ポケットの中から壊れたメガネを取り出すと、それを目の前にかざす。それから、冷静にコスモス畑を見渡して、腕をあげ指をさした。


「あの舗装された道は、農免道路だろう。多分あれをたどると、車の駐車位置にまで戻れるはずだと思う」


示されたところに絵里花も目を遣ると、コスモス畑の真ん中を貫く一本の道路が見えた。


< 91 / 164 >

この作品をシェア

pagetop