彼がメガネを外したら…。


それを確認して、絵里花は胸をなで下ろす。車を置いた場所までは、まだしばらく歩かなければならないだろうが、少なくとも山道ではない。とりあえず、今日中に家に帰ることはできそうだ。


大きな心配事が過ぎ去ると、また絵里花の心に花々の可憐な美しさが染み込んでくる。


――……きれい……。


この思いがけない光景に、絵里花の心が震えた。


「……ここは、君の名前のような場所だな」


絵里花に話しかけているのか……。その時、史明の静かな声が響いた。


「私の名前……?」


意味が分からず、絵里花が史明を見上げて問いかける。


「ここは綺麗な『花』が咲いて、『絵』に描いたような『里』だろう?」


史明はそう言って、ほのかに笑いかけてくれた。

史明は絵里花の名前を、きちんと覚えておいてくれた。この花々を見て、絵里花を心によぎらせてくれた。

この景色の美しさに心が震えていた絵里花は、さらに胸がいっぱいになって、何も言葉を返せなかった。


時の過ぎ行くままに、我を忘れてコスモスに見入っている絵里花に、気を取り直すように史明が声をかける。


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