彼がメガネを外したら…。



誰に対しても、同じように献身的になれるわけではない。絵里花の心身を尽くした行動には、史明を恋い慕っているからこその〝下心〟があった。
それなのに、さも人格者のように思われてしまうのは、『何か違う…』と思ってしまう。


複雑な思いを抱えたまま、絵里花が自分の家に帰り着いたときには、もうすっかり夜になってしまっていた。
座り込んでしまう前にやっとのことでシャワーを浴びて、ベッドへ倒れ込むと……、それから日曜日の昼過ぎまで気を失うように眠り込んだ。



翌週、史明は松葉杖で出勤してきた。


「いったい、どうしたんだ?!」


その姿を見て、普段は史明に干渉しない副館長やそのほかの研究員たちも、驚きを隠せない。不愛想な史明も、さすがに事の次第を説明せざるを得なくなる。


絵里花は、その説明の中に自分のことも出てくるかと少し胸が騒いだが、極まり悪そうに口を開いた史明の説明は、


「フィールドワークで山に調査に行ったら、そこで足を滑らせて捻挫した」


という極めて簡単なもの。
他の研究員たちもそれで納得したらしく、それ以上深くは詮索しなかった。


史明は、絵里花のことを敢えて〝秘密〟にしたのだろうか……。それとも話題にも上らないほど、意識の中に存在していないのだろうか……。


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