彼がメガネを外したら…。
「分かりました。そのためには、まず学会で着るスーツを買いに行きましょう」
絵里花のその提案を聞いて、史明の表情に疑問が浮かぶ。
「……え?スーツ?」
「岩城さん。どうせ大学院の修了式に着たスーツしか持ってないんでしょう?学会にはカッコいいスーツをビシッと着ないと」
「……カッコいい?……ビシッと……?」
自己認識している今の自分からは到底想像できないワードに、史明は戸惑うばかり。そんな史明を見て、絵里花はしたり顔で笑った。
「大丈夫です。私が岩城さんに似合うスーツを、ちゃんと選んであげます」
絵里花は、その日の勤務の後、史明と連れ立って出かけることにした。街のビジネススーツのショップへと赴くためだ。
史明は気が進まないようだったが、〝秘策〟のためには嫌とは言えなかった。
史料館や史跡ではなく、街は絵里花の方のテリトリーだった。
今の絵里花は薄化粧といえど、その容貌はとても綺麗で、その洗練されて優美な身のこなしは、街の人々のなかではひときわ際立った。道を行く人々の目を引いて、誰もが絵里花に振り返る。
それから、〝ダサい〟を絵に描いたような史明が絵里花の隣にいることに気がつくと、訝しさを含んだ目をいっそう釘付けにした。