伯爵夫妻の内緒話【番外編集】
「……後悔しても知りませんよ」
「後悔などするか。俺が当主になったときには、必ず、お前の家の爵位も復活させてやるからな」
「物事はそんなにうまくはいきません。でも、願わないよりは願うほうがマシです」
そう言うと、ディルクはフリードが突きつけている剣先を握りしめた。
刃先に触れた手のひらから血が流れ出る。
フリードは彼の手を伝って血がポタポタと流れ落ちるのを、あっけにとられて見つめていた。
「この血で誓いましょう。僕があなたの側を離れるのはこの命が尽きた時です」
「うん。……そこまでかしこまらなくてもいいんだぞ? 痛くないのか、手」
「いいえ。今この時から、あなたは僕の主人です。どんなご命令も、誠心誠意尽くします」
「ディルクは頭が固いなぁ」
フリードは困ったように頭を掻き、しかしディルクに残る意思が見られたことにほっとした。
「では父上に頼んでくる。お前は早くその手を手当てしてこい」
「このくらいの血、たいしたことありませんよ」
ディルクは手をこぶし状にし、ぺろりと血を舐めすくった。
血を見るのに慣れないフリードは、寒気がして身を震わせる。
「いいからさっさと治せ! それとそんなにかしこまらくても、今まで通りでいいんだからな!」
フリードは屋敷に向かって走り出した。
ディルクの性格上、これからは主人と従者の関係を貫くだろう。
友達として彼を残すのは無理だったが、側にいればまだチャンスはある。
願わないよりは願うほうがマシなのだ。